最終更新日:2026-08-21
新規顧問先の集客力は評価にどう織り込まれるか?引き継げるものとそうでないもの
このカテゴリでは、評価額を左右する変数を一つずつ扱ってきました。所長依存度、業務標準化度合い、顧問先の分散度、人件費率。いずれも、今ある顧問先や体制が引き継いだ後にどれだけ残るか、という話でした。
新しい顧問先が入ってくるかどうかを扱った項目は、ここまでありません。この記事では、集客力を評価変数として見るとどうなるかを整理します。
先に結論を書くと、新規獲得の実績が多いことは、そのまま評価額の上乗せにつながるとは限りません。年間顧問料に倍率をかける方法も年買法も、今ある数字を基礎にするためです。効いてくるのは、その実績を生んでいる経路が所長と一緒に去るかどうかの方になります。
他社媒体で評価項目に入っていないのは、集客力が引き継げるとは限らないから
売却相場の記事で参照した媒体を、この観点で見直しました。
| 媒体 | 挙げている評価項目 | 新規獲得への言及 |
|---|---|---|
| 士業事務所M&A支援協会(ACCS) | 人件費率、組織の属人性、業務の標準化、顧問先の分散度、契約の継続性、サービスの多角化、職員構成、離職率 | なし |
| 船井総研 | 顧問先の平均単価、営業利益率、有資格者・ベテラン職員の在籍と定着、代表者の残留 | なし |
| M&A総合研究所 | 関与先経営者の平均年齢、顧問料の単価とサービス内容、職員の定着率と資格、地域性、デジタル化への対応 | なし |
| M&Aガイドブック | 年間顧問報酬、営業利益、既存顧問先、専門分野の強み | なし |
近いものはあります。M&A総合研究所は関与先経営者の平均年齢を挙げ、顧客が若ければ将来の収益期間が長いと説明しています。ACCSのサービスの多角化も、将来の収益に関わる項目に見えます。ただしどちらも、すでにいる顧問先から得られる収益をどう見るかであって、新しい顧問先が入るかどうかではありません。
買い手が事務所を譲り受ける目的は、維持だけとは限りません。中小企業庁の中小PMIガイドラインも、譲受側の目的の一つに「譲り受けた事業を成長させたい」を挙げています。それでも評価項目として並ばないのはなぜか。各媒体は理由を書いていませんが、次の3つが考えられます。
- 引き継げるとは限らない:他の項目は、事務所を引き継いだ時点の状態がそのまま買い手のものになります。人件費率も職員構成も顧問先の分散度もそうです。集客力だけは、経路によって引き継げるものと引き継げないものに分かれるため、「多いほど高評価」と一律には書けません
- 算式に加える場所がない:評価額の計算に使われている方法に、集客力を置く欄がありません。この点は後段で扱います
- 資料として出しにくい:人件費率は決算書から、分散度は顧問先リストから出ますが、集客経路は記録が残っていない事務所が多く、数字にする手前で止まります
このうち1つ目が、この記事の中心になります。
新規が入らない事務所は、自然減の分だけ縮んでいく
顧問先は、経営主体が変わらなくても一定数減ります。顧問先の廃業、事業の縮小、代表者の高齢化などが理由です。顧問先の解約は何%まで織り込むべきかでは、これを自然減と呼び、M&Aに起因する離脱と分けて見積もる形で扱いました。
新規獲得は、この自然減と相殺される側にあります。同じ年間顧問料の事務所でも、毎年何件かずつ入って純増している事務所と、ここ数年ほとんど新規がなく自然減だけが進んでいる事務所とでは、数年後の姿が変わります。買い手にとっては、投資の回収期間に直結する部分です。
ただし、税理士事務所の解約率にも新規獲得率にも、業界の公表データは見当たりません(この業界に統計が乏しい事情は売却相場の記事で扱っています)。業界平均を基準に置けないため、中心的な判断材料は、その事務所自身の過去数年の推移になります。
集客経路は、何に紐づいているかで承継可能性が分かれる
新規獲得の実績を見るとき、件数と金額だけでは足りません。同じ年10件でも、その10件がどの経路から入ってきたかで、承継後に続くかどうかが変わります。
引き継げるものと引き継げないものを分けるという見方は、所長依存度でも業務標準化度合いでも使ってきたものです。集客経路にも、同じ形で当てはめられます。
| 集客経路 | 何に紐づいているか | 承継後の見立て |
|---|---|---|
| 所長個人の人脈・地縁 | 所長個人 | 所長とともに離れる。前職のつながり、業界団体や地域の集まりでの立場など |
| 金融機関・保険代理店・同業者からの紹介 | 場合による | 事務所として取引があるのか、所長と特定の担当者個人の関係なのかで分かれる。相手方の担当者が異動しても変わる |
| 既存顧問先からの紹介 | 顧問先との関係 | 顧問先が残れば続く可能性がある。ただし紹介はその時点の満足度と結びついているため、引き継ぎ直後は細りやすい |
| 紹介サイト・マッチング媒体 | 媒体との契約 | 契約を引き継げれば続く。規約上、契約の地位を移せるか、掲載実績や評価も引き継がれるかは確認がいる |
| 自社サイト(検索経由) | ドメインとコンテンツ | ドメインごと移せる。所長個人の紹介ページを差し替えても、検索からの流入の土台は残る |
| セミナー・執筆・登壇 | 場合による | 所長個人が呼ばれていたのか、事務所として主催・受託していたのかによる |
| 立地・看板 | 拠点 | 拠点を維持するかどうかで決まる(統合方針) |
どの経路も所長個人の部分と事務所の部分が混ざっているので、どちらかに振り分けるというより、経路ごとに比率を見る形になります。
金融機関からの紹介は、顧問先の分散度でも出てきます。そこでは紹介元が偏っている場合に、既存の顧問先が動くかどうかとは別に新規の流入が止まる、という離脱リスクの軸として扱いました。裏返せば、その紹介元が所長個人ではなく事務所に紐づいているのであれば、承継できる資産になります。
継続売上の範囲でも、顧問契約のない単発の確定申告を、どこから来ている依頼かで分けました。あちらはすでに発生している売上を継続売上に入れるかどうかの話です。
集客力は、倍率の位置や取引条件という形で織り込まれる
評価額の計算方法で扱った2つは、どちらも今ある数字を基礎にします。年間顧問料に一定の倍率をかける方法と、修正した時価純資産に利益の数年分を加える年買法です。集客力を置く欄は、どちらにもありません。将来の獲得を金額として織り込むには収益計画が必要ですが、この業界でDCF法が出てこない理由は同じ記事で扱っています。
そのため、織り込み方に決まった形はなく、交渉の中で現れます。たとえば次のような形です。
- 倍率の幅の中でどこに置かれるか:売上基準の相場は年間顧問料の0.5〜1.5倍という幅を持っています(売却相場)。同じ顧問料規模でも、事務所に紐づいた集客経路があるかどうかは、幅の中の位置を動かす材料になります
- 取引条件の側:引き継げない経路が中心を占めている場合、買い手はそこを条件でカバーしようとします。前所長に一定期間関与してもらう、対価の一部を承継後の実績に連動させるといった形で、所長依存度で整理した対応と同じ構図です
ただし、買い手側にすでに自分の集客経路がある場合は、この論点自体が小さくなります。譲り受けるのは顧問先そのものだけでよく、引き継げない経路があっても自分の計画は変わらないためです。
売り手は、直近2〜3年の新規契約を経路別に並べておく
集客経路を記録している事務所は多くないはずですが、過去にさかのぼって全件を復元する必要はありません。直近2〜3年に契約した顧問先について、契約した年月・年間顧問料・どこから来たかを並べれば足ります。件数が多くなければ、所長の記憶で埋まる範囲です。
引き継げない経路が大きいこと自体は、隠すような話ではありません。内訳を出せる方が、引き継ぎ後の見通しを具体的に説明できます。
時間があるなら、経路を事務所側に寄せておく余地もあります。
- 紹介元との面談に、後任となる担当者やスタッフを同席させておく
- 顧問先リストに紹介元の欄を作り、以後の新規について記録を残す
いずれも所長依存度を下げる打ち手と重なります。関係を移すには時間がかかる点も同じで、直前に着手して間に合う性質のものではありません。
まとめ
- 評価項目を挙げている4媒体は、いずれも新規顧問先の獲得に触れていない。他の項目は引き継げばそのまま手に入るのに対し、集客力は経路によって引き継げるかどうかが分かれるためと考えられる
- 新規獲得は自然減と相殺される側にあり、純増か自然減だけかで数年後の姿が変わる。ただし業界の公表データはなく、その事務所自身の推移で見るしかない
- 集客経路は、所長個人に紐づく部分と事務所に紐づく部分の比率で承継可能性が分かれる。人脈・地縁・登壇は前者に寄り、サイト・立地・媒体との契約は後者に寄る
- 参考として使われている計算方法のどちらにも集客力を置く欄はなく、織り込み方に決まった形はない。倍率の幅の中の位置や、関与期間・実績連動といった取引条件に現れる。買い手側にすでに自分の集客経路があるなら、この論点自体が小さくなる
- 売り手は、直近2〜3年の新規契約を経路別に整理しておく
最終確認日:2026年8月21日(各媒体の掲載内容は変更されることがあります。上記の評価項目は、この日時点で各媒体のページを確認したものです)
監修
税理士事務所承継ラボ編集部(公認会計士・税理士)