最終更新日:2026-09-14
所長依存度は何を見れば測れる?取引条件への影響も整理
事務所の評価を左右する要因として、売却相場の記事では「所長依存度」を下振れ要因の一つに挙げました。ただ、そこでは1行の説明にとどめています。
この記事では、そもそも所長依存度とは何を指すのか、印象ではなく何を見れば測れるのか、そして評価のどこに効いてくるのかを分けて整理します。
先に結論を書くと、所長依存度をそのまま数値にした係数が算式に入るわけではありませんが、算定される金額には織り込まれます。そのうえで、金額を低くするか、引き継ぎや支払いの条件でカバーするかが論点になります。「依存度が高いから2割引き」という形では動かない、ということです。
所長依存度とは、顧問先との関係が所長に集中している度合い
中小企業庁の中小M&Aガイドライン(第3版)は、中小M&A全般の特徴としてこう述べています。
中小M&Aは、対象となる事業が中小企業の経営者個人の信用・人柄その他の属人的な要素に大きく影響される傾向にある。
税理士事務所でも、この傾向は表れやすいものです。顧問契約は毎月・毎年続く人的サービスであり、顧問先が相談する相手は事務所という組織ではなく、目の前にいる人だからです。
この記事では所長依存度を、顧問先との関係が所長個人にどれだけ集中しているかという意味に限定して使います。似ているが別の話が2つあるので、先に切り分けます。
「所長が一人で回している」こととは別
評価額の計算方式の記事で扱った「所長がほぼ一人で回している事務所」は、人件費が小さいため調整前後で利益が大きく動く、というお金の計算の話でした。こちらは、顧問先との関係が誰についているかという関係の話です。
両者は相関しますが、同じではありません。スタッフが5人いても、重要な顧問先の相談と最終的な説明を所長がすべて担っているなら、関係の依存度は高いままです。逆に、少人数でも担当者が顧問先との関係を持っていて、所長が交代しても担当者が残るなら、依存度は相対的に低くなります。
業務の属人化とも別
手順や税務判断が特定の人の頭の中にしかない、という業務側の属人化も、評価に影響する論点です。ただしこちらは「担当者が替わっても同じ内容の業務を同じ手間で続けられるか」という別の軸なので、業務標準化度合いとして別の記事で扱っています。
顧問先との関係は所長についているが手順は文書化されている、という事務所もあれば、その逆もあります。片方を見て他方を判断することはできません。
測るのは、売上構成比・相談の担い手・獲得経路・交代の実績
印象で語ると議論になりません。関係の依存度に絞ると、次のような形で確かめられます。
| 見る項目 | 何が分かるか | 取得の目安 |
|---|---|---|
| 主担当が所長である顧問先の売上構成比 | 所長が抜けたときに直接影響を受ける売上の大きさ | 顧問先リストと請求データを顧問先コードで突き合わせる |
| 重要な相談・説明を誰が担っているか | 顧問先から見た相手が誰か | 面談記録。単なる同席と、説明・提案・判断を担った場合は分けて数える |
| 顧問先の獲得経路の内訳 | 所長個人の人脈由来か、紹介・立地・Web由来か | 顧問先リストに紹介元の記録があれば |
| 担当者を交代させた経験と、その後の継続状況 | 関係が実際に移せるかどうかの実績 | 過去の担当変更履歴と、その後の解約有無 |
このうち最初の1つだけでもわかると、話がかなり具体的になります。売上の8割を所長が主担当として持っているのか、3割なのかで、引き継ぎに必要な期間の見積もりが変わります。
数える際は、対象期間と分母、そして「主担当」の定義を先に決めておいてください。担当者の管理があいまいな事務所では、リストから機械的には出せず、顧問先ごとに振り分け直す作業が必要になります。獲得経路の記録がないこともあります。取れないものは無理に数字を作らず、把握できている範囲を示したうえで「不明分がこれだけある」と伝える方が、後から食い違いが出ません。
4つ目の「担当者を交代させた経験」は、他の3つが現状の写真であるのに対して、実際に関係が移せたかどうかの実績です。過去に担当を替えて契約が続いた例があるなら、それは他のどの数字よりも強い材料になります。
読めなくなるのは「顧問先がどれだけ残るか」の一点
所長依存度が高いと、買い手はここを保守的に見ます。対応は2つに分かれます。
1つ目は、金額を低くすることです。買い手は維持できる売上を低めに見積もり、後任を置くコストと引き継ぎにかかる手間を織り込みます。売上基準なら採用する顧問料や倍率に、利益基準なら調整後の利益に出ます。何をもって継続売上とするかは継続売上の範囲の記事で、買い手がどう試算するかは許容できる解約率の試算で扱っています。
2つ目は、条件でカバーすることです。前所長に長く関与してもらう、対価の一部を後払いや業績連動にする、依存度の高い顧問先を対象から外す、といった形です。関与期間の一般的な水準はM&Aの期間の記事で扱いましたが、その中で自分がどのあたりになるかは、この依存度に左右されることが多いです。実際に何をすることになるかは引継ぎ期間に売り手が行う業務を参照してください。
実際には、どちらか一方ではなく組み合わせになります。買い手が案件自体を見送ることもあります。なお、成果に応じて支払額を変える条項が国内の税理士事務所のM&Aでどれくらい使われているかは、分かっていません。
売り手として見落としやすいのは、同じ読みにくさが金額ではなく拘束期間の形で返ってくることがある、という点です。提示された金額だけで比べると、この部分が見えません。
依存度は下げられるが、実績で示すには時間がかかる
顧問先が「担当者が変わった」と認識し、それでも契約が続いている状態は、少なくとも決算・申告の周期を一度またがないと確かめようがありません。顧問先の性質によっては、月次対応を数か月重ねるだけでも材料にはなります。
一方で、比較的短期間でも手を打てるものがあります。
- 顧問先ごとの経緯・特有の事情を、記録として書き出しておく
- 重要な顧問先の面談に担当者を同席させ、説明の一部を担当者に任せる
- 過去に担当を替えて継続した例があれば、その実績を整理しておく
これらは依存度そのものをすぐ下げるわけではありませんが、引き継ぎに要する工数の見積もりを下げます。工数が下がれば、その分だけ評価は上がります。
なお、依存度を下げることと、事務所の価値を下げることは違います。所長が抜けても回る事務所は、買い手から見れば引き受けやすい事務所です。
買い手は、金額と条件のどちらに反映させるかの材料として見る
依存度が高いこと自体は、小規模な税理士事務所では珍しいことではありません。それだけで対象から外すと、実態に合わない判断になりがちです。
デューデリジェンスで確認する際は、上の表の項目を売り手に整理してもらうのが早い方法です。ただし、それだけでは足りません。中小企業庁の中小PMIガイドラインは、属人化した業務について、成立前のデューデリジェンスでは検知できないことがあり、売り手の経営者や従業員へのヒアリングに頼らざるを得ない一方で、記憶があいまいなことや、不利な事実の発覚をおそれて意図的に引継ぎを行わないことがあると指摘しています。
出てきた数字は、担当表・請求データ・面談記録と突き合わせて確かめる前提で見ておいた方がよさそうです。引き継いだ後に、顧問先が前所長個人に寄せていた信頼をどう受け取るかは前所長個人への信頼を、どうやったら引き継げるかで扱っています。
まとめ
- 所長依存度とは、顧問先との関係が所長個人にどれだけ集中しているかを指す。「所長が一人で回している」(お金の計算の話)とも、業務の属人化(業務を再現できるかの話)とも別の軸
- 測るには、主担当が所長である顧問先の売上構成比、重要な相談を誰が担っているか、獲得経路、担当交代の実績を見る。売上構成比だけでもわかると議論が具体的になる
- 買い手にとって読みにくくなるのは「引き継いだ後に顧問先がどれだけ残るか」の一点。対応は、金額を低くするか、条件でカバーするかに分かれる
- 売り手にとっては、同じ読みにくさが金額ではなく拘束期間の形で返ってくることがある
- 依存度を下げるには、関係が移った実績を示す必要があり時間がかかる。ただし記録の整理や担当者への説明の委譲は引き継ぎの手間を減らし、その分だけ評価は上がる
監修
税理士事務所承継ラボ編集部(公認会計士・税理士)