最終更新日:2026-09-14

税理士事務所の売却相場は年間顧問料の0.5〜1.5倍。この幅はどこから来るのか

「税理士事務所 売却 相場」で検索して出てくる数字は、実のところよく揃っています。主要な媒体が示しているのは、いずれも年間顧問料の0.5倍から1.5倍の範囲で、中心はおおむね1倍前後です。

問題は、この幅そのものです。0.5倍と1.5倍では、同じ事務所の評価額が3倍違います。年間顧問料が5,000万円の事務所なら、2,500万円にも7,500万円にもなります。相場を調べても自分の金額が見えてこないのは、各社の説明が食い違っているからではありません。確認したどの媒体も、この幅の中身を分解していないからです。

この記事では、まず各社の数字を出典付きで並べて、実際に一致していることを確認します。そのうえで、幅がどこから来るのかを3つに分けて整理します。

売り手・買い手のどちらにも同じ内容として書いています。売り手にとっては「自分の事務所がこの幅のどのあたりか」を考える材料、買い手にとっては「提示された価格が何を根拠にしているか」を確かめる材料になります。

公表されている数字は、ほぼ揃っている

2026年8月時点で、各媒体が示している基準です。

媒体基準数値
税務研究会(ZEIKEN LINKS)売上基準年間売上高(相続等のスポット売上を除く)の0.8〜0.9倍
同上利益基準営業利益の3年分
士業事務所M&A支援協会(ACCS)売上基準毎年安定して見込める報酬(顧問料・決算報酬・確定申告報酬・記帳代行等)の1年分
船井総研売上基準年間顧問料収入の0.5〜1.5倍
M&A総合研究所売上基準年間顧問料の0.5〜1.5倍(これに純資産を加算し、退職金などの負債を控除)
M&Aサクシード利益基準純資産価額+営業利益の1〜3年分(士業事務所は純資産をほぼゼロとみる)

売上基準を示している4媒体を、倍率だけで並べ直します。

媒体倍率
船井総研0.5 〜 1.5
M&A総合研究所0.5 〜 1.5
税務研究会0.8 〜 0.9
士業事務所M&A支援協会1.0

税務研究会の0.8〜0.9倍も、士業事務所M&A支援協会の1年分(1.0倍)も、船井総研・M&A総合研究所が示す0.5〜1.5倍の中に収まっています。計算の基礎も、スポット収入を除いた継続的な収入という点でほぼ共通です。利益基準も同じで、M&Aサクシードの「1〜3年分」の中に、税務研究会の「3年分」が入っています。

各社は違うことを言っているのではなく、そろって「幅がある」と言っています。

以下、その幅の中身を3つに分けます。

分解1:性質の違う2つの系統が混ざっている

上の表を、基準にしている数字で分けます。

  • 売上基準:引き継げる継続収入を、何年分の対価として支払うかという考え方
  • 利益基準:手元に残る利益の何年分かという考え方

この2つは、同じ事務所に当てはめても違う答えを出します。仮に、継続顧問料収入5,000万円、所長以外の人件費・経費が3,000万円という事務所で考えます。

  • 売上基準(税務研究会の0.8〜0.9倍、士業事務所M&A支援協会の1年分):4,000万円〜5,000万円
  • 利益基準:5,000万円 − 3,000万円 = 2,000万円。その3年分で6,000万円

同じ売上高であれば、売上基準の評価額は人件費率によって変わりません。一方、利益基準の評価額は人件費率が高いほど下がります。そのため、人件費率の高い事務所では売上基準の方が相対的に高く出て、少人数で効率よく回している事務所では利益基準の方が高く出ます。提示された金額を見るときは、金額そのものより先に、どちらの基準で計算されたものかを確かめる必要があります。2つの方式それぞれの計算方法と、どちらで見ると金額が変わるかは税理士事務所の評価額はどう計算されるかで扱っています。

なお、売上基準の側は、計算の基礎の定義が比較的そろっています。税務研究会は「相続等のスポットの売上を除く」と明記し、士業事務所M&A支援協会も相続案件などのスポット収入・一時的な特需を除くとしています。船井総研とM&A総合研究所は「顧問料収入」という表現です。売上基準を示している媒体は、表現に違いはあっても、継続的に見込める収入を基礎にしている点で一致しています。ただし、年末調整や税務調査対応といった境界線上の業務をどちらに入れるかまでは示されていません。この線引きは評価の基礎になる「継続売上」に、どこまで含めるかで扱っています。

問題は、もう一方の基準です。

分解2:調整前の営業利益は、そのまま比較できない

利益基準を挙げている媒体を確認しましたが、評価に使う営業利益をどう計算するのか、その調整方法を示しているものは見当たりませんでした。「営業利益の3年分」「営業利益の1〜3年分」と書かれているだけです。

これは細かい話ではありません。税理士事務所の場合、組織形態によって、決算書に表れる利益の意味が変わるためです。

  • 個人事務所:事業主である所長自身に対する給与は、必要経費になりません(事業資金を生活費などに充てるため引き出した分は、事業主貸として処理します)。したがって、決算書上の所得には、所長自身の労務の対価にあたる部分が控除されないまま含まれています。そもそも所得税の青色申告決算書の様式には、「営業利益」という表示科目がありません
  • 税理士法人:所長にあたる社員税理士への職務執行の対価としての報酬は、役員報酬等として費用に計上されます。したがって、営業利益からは所長の取り分がすでに引かれています
まったく同じ収益力の事務所でも、個人事務所の利益は大きく、税理士法人の営業利益は小さく出ます。

先ほどの事務所に、所長の取り分1,200万円を加えて比べます。

同じ収益力の事務所を個人事務所と税理士法人で比べ、利益として表れる金額が異なることを示す図継続顧問料収入 5,000万円・所長以外の人件費等 3,000万円・所長の取り分 1,200万円個人事務所所長以外の人件費・経費 3,000万円利益 2,000万円↑ 所長の労務対価1,200万円を含んだまま税理士法人所長以外の人件費・経費 3,000万円社員報酬 1,200万円営業利益 800万円↑ 所長の取り分は先に控除済み「営業利益の3年分」で計算すると、6,000万円 と 2,400万円。同じ事務所で2.5倍の差

ほかの条件を同じとして組織形態だけを変えると、機械的な計算では評価額が2.5倍変わります。これは事務所の実力の差ではなく、利益という言葉が同じものを指していないだけです。

なお、ここで比べているのは損益計算書上の利益です。役員給与の損金不算入額などの税務調整があるため、法人税の申告上の所得金額とは一致しないことがあります。

買い手が見ているのは、所長が抜けた後に稼げる利益

所長が実務の中心を担っているなら、その穴を埋める人を採用する費用がかかります。逆に、所長がすでに現場を離れていて役員報酬だけを取っていたなら、その分は買い手にとって浮きます。

したがって実務では、事業主の労務対価や社員報酬を、譲渡後に必要となる後任の人件費に置き換える調整を行います。一過性の収益・費用など、ほかにも調整する項目があり、これらをならした後の利益が正常収益力と呼ばれます。

「営業利益の◯年分」という数字を自分の事務所に当てはめるときは、その営業利益がこの調整を済ませたものかどうかを先に確認してください。調整前の数字のままだと、個人事務所は所長の労務対価が引かれていない分だけ利益が大きく見えます。税理士法人の場合は、社員報酬が後任にかかる人件費より多ければ利益が小さく見え、少なければ逆になります。

分解3:規模や地域で絞り込む材料がない

分解1と分解2は、自分の事務所の数字を見れば確かめられます。3つ目の要素として考えられる規模や地域の違いによる幅については、確かめようがありません。税理士事務所のM&Aだけを対象にした公的な統計が見当たらないためです。中小企業庁が公表している事業承継・M&A関連の資料は中小企業全般を対象としたもので、税理士事務所という区分での取引件数や価格は示されていません。

そのため各社の数字は、取扱案件や相談実績、業界の慣行を踏まえた目安と考えられます。母集団の件数も対象期間も公開されておらず、その内訳を読み手が確かめる方法はありません。0.5〜1.5倍という広い幅で提示されているのは、各社が雑だからではなく、「顧問先30件・地方都市・スタッフ3名ならこのくらい」と細分化するための材料が業界に存在しないからです。

自分の位置は、上振れ・下振れ要因で確かめる

幅の中の位置は、相場の数字を眺めても分かりません。以下は各媒体が挙げている要因です。どの要因に触れているかは媒体によって違うため、複数の媒体を合わせています。

要因評価への影響
人件費率60%以下は高評価、70%以上は評価を下げる要因(士業事務所M&A支援協会)
平均顧問単価50万円を切ると評価が下がり、70万円を超えると上がる目安(船井総研)
所長依存度顧問先対応や意思決定が所長個人に集中しているほど評価を下げる
顧問先の分散度特定の顧問先への売上集中は、解約時の下振れリスクとして評価を下げる
契約の継続性・解約率長期契約で解約率が低いほど高評価
職員の年齢構成・定着率ベテランと若手のバランス、有資格者の在籍、離職率
引継ぎへの協力度売り手が引継ぎにどこまで関与するか
地域拠点の維持が必要かどうか、人材採用のしやすさ

これらの要因は、それぞれ単独で記事にする価値のある論点です。リンクのあるものは、個別の記事で扱っています。

価格が決まった後に残る額は、別の話

ここまでは譲渡価格の話です。実際に手元に残る額は、ここから仲介手数料と税金を引いた後の金額になります。

買い手側で、価格に顧問先の離脱をどこまで織り込むかについては、顧問先の解約は何%まで織り込むべきかで扱っています。

まとめ

  • 主要媒体が示す相場は食い違っていない。売上基準は年間顧問料の0.5〜1.5倍、中心はおおむね1倍前後で、各社の数値はこの範囲に収まっている
  • 問題は幅の広さで、0.5倍と1.5倍では同じ事務所の評価額が3倍違う
  • 幅の第一の要素は、売上基準と利益基準という性質の違う2系統が混在していること。人件費率によって、どちらが高く出るかが逆転する
  • 第二の要素は、確認した記事のいずれも、評価に使う営業利益の調整方法を示していないこと。個人事務所は所長の労務対価が利益に含まれたまま、税理士法人は費用として引かれた後のため、同じ収益力でも金額が大きく変わる。所長の取り分を後任の人件費に置き換える調整をしてから比較する
  • 第三の要素は、業界限定の公的統計が見当たらず、規模別・地域別に幅を詰める材料が存在しないこと
  • 自分の位置は相場の数字ではなく、人件費率・顧問単価・所長依存度などの上振れ・下振れ要因で確かめる

最終確認日:2026年8月18日(各媒体の掲載内容は変更されることがあります。数値は上記の各リンク先で確認しています)

監修

税理士事務所承継ラボ編集部(公認会計士・税理士)