最終更新日:2026-09-14
評価の目安に出てくる人件費率60%という指標はそのまま使えるか?計算方法に注意
売却相場の記事の上振れ・下振れ要因の表には、まだ個別の記事にしていない項目が残っています。人件費率、職員の年齢構成、使用している会計ソフトの3つです。この記事でまとめて扱います。
先に結論を書くと、人件費率の基準として示されている数値は、個人事務所の決算書からそのまま計算すると、実態より低く出ます。所長自身の労務の対価が人件費に入っていないためです。
60%・70%という基準を出しているのは1社だけ
人件費率の目安として引用されるのは、士業事務所M&A支援協会(ACCS)の記事です。
| 区分 | 水準 |
|---|---|
| 高評価 | 60%以下(理想は50%以下) |
| 低評価 | 70%以上(利益を圧迫している) |
2026年8月時点で、相場記事で確認した媒体を見直しましたが、この範囲で人件費率に具体的な数値を示していたのはACCSだけでした。船井総研は営業利益率20%超や平均顧問単価70万円といった別の指標を挙げており、人件費率には触れていません。境界線の前後で評価が切り替わるようには受け取らない方がよさそうです。
計算方法が示されていない
より実務的な問題があります。この60%・70%を、何を分母と分子にして計算するのかは、示されていません。
分母は年間売上とするのが一般的だと思われますが、これも明示されていません。人件費に法定福利費や賞与、外注費をどこまで含めるかでも率は変わります。より大きく効くのは、個人事務所と税理士法人で決算書に載る人件費の中身が違うことです。
| 組織形態 | 所長自身の労務の対価 | 人件費率への表れ方 |
|---|---|---|
| 個人事務所 | 事業主自身への給与は必要経費にならないため、決算書上の人件費に入らない | 所長の働きの分だけ、人件費率が低く出る |
| 税理士法人 | 社員税理士に支給する役員報酬等が、決算書上の費用に含まれる | 所長が担う分も人件費側に表れる |
同じ体制・同じ収益力の事務所でも、組織形態が違うだけで人件費率は変わります。所長が実務の中心を担っている事務所ほど、この差は大きくなります。
売却相場の記事で扱った営業利益の問題と、裏返しの関係にあります。
比べるなら、承継後の体制の人件費に組み替える
組み替えの操作は、組織形態によって違います。
- 個人事務所:所長の労務の対価が人件費に入っていないので、後任にかかる費用を加える
- 税理士法人:退任する社員税理士への報酬がすでに費用に入っているので、それを外して後任の想定報酬に置き換える
どちらも、後任が一人で足りるとは限りません。買い手の運営体制に合わせて、必要な人数と水準で見積もることになります。
調整しないまま「うちは55%だから高評価の水準」と考えると、買い手の見方とずれます。買い手が見ているのは、所長がいなくなった後の体制で成り立つかどうかだからです。
職員の年齢構成は、離職リスクと採用コストの両面で見られる
職員構成について、確認した媒体は次のように述べています。
- 士業事務所M&A支援協会:ベテランと若手がバランスよく在籍していることが高評価。高齢化が進んでいる場合は、引継ぎ後の離職リスクが大きいとして低評価
- M&A総合研究所:引き継ぎ後に職員が辞めずに残る確信が持てるか、有資格者が何名いるかが重視される
- 船井総研:採用難を背景に、優秀なスタッフの継続就業が加点要素になる。採用コストの節約分を交渉材料に盛り込んだ事例を挙げている(1人あたり約200万円の紹介手数料という、引用元が置いた試算上の金額を前提にしたもの)
離職リスクとして見る立場と、採用コストの節約として見る立場があります。人手が採用しづらい状況では、顧問先だけでなくスタッフも取得の目的になり得ます。
有資格者の在籍は、承継後に必要な補充の人数を左右する
有資格者の在籍が重視される理由の一つは、業務標準化度合いの記事で扱った資格の制約です。所長以外に税理士がいるかどうかで、承継後に補充が必要な有資格者の人数が変わります。
なお、実際に離職を防げるかどうかは評価の話ではなく統合後の実務です。キーパーソンの引き止めで扱っています。
会計ソフトは、買い手の体制によって評価が変わる
使用している会計ソフトやクラウド化の状況も、評価に影響し得る項目として挙げられます。ただし、この項目には単独で高い・低いと言える基準がありません。買い手が対応しているソフトと一致していれば移行の負担が相対的に小さくなり、違えば大きくなる、という相対的な関係だからです。同じ製品でも、マスターの設計や権限、契約主体が違えば作業は発生します。
同じ事務所でも、買い手が変われば評価が変わります。この構造は業務標準化度合いと同じで、記帳・入力の手順が整っていないことの重さが買い手の統合方針によって変わるのと同じ理屈です。
売り手の側でできるのは、使用しているソフトと顧問先ごとの利用状況を整理しておくことくらいです。買い手が対応していないソフトに偏っている場合、移行の負担が離脱の引き金になって、そのソフトを使う顧問先がまとめて離脱することがあります(顧問先の分散度)。統合の段階でどう扱うかは業務体制の可視化を参照してください。
まとめ
- 人件費率の60%以下(理想50%以下)・70%以上という基準は、確認した媒体の範囲では士業事務所M&A支援協会だけが示している。複数社で揃っている相場の倍率とは状況が違うため、境界線の前後で評価が切り替わるようには受け取らない
- 計算方法は示されていない。個人事務所では所長自身への給与が必要経費にならないため人件費に入らず、税理士法人では社員税理士への報酬が費用計上される。同じ収益力でも組織形態で人件費率が変わる
- 比較するなら、承継後の体制の人件費に組み替える。個人事務所は後任の費用を加え、税理士法人は退任する社員税理士の報酬を後任の想定報酬に置き換える
- 職員の年齢構成は、高齢化による引継ぎ後の離職リスクとして見られる一方、採用難を背景に、スタッフの定着そのものが加点要素として扱われることもある
- 有資格者の在籍が重視されるのは、税務判断の決裁を資格のない職員に移せないため。所長以外に税理士がいるかで、引き継いだ後に取れる体制が変わる
- 会計ソフトには単独の基準がなく、買い手が対応しているかどうかで評価が変わる相対的な項目
最終確認日:2026年8月21日(各媒体の掲載内容は変更されることがあります。数値は上記の各リンク先で確認しています)
監修
税理士事務所承継ラボ編集部(公認会計士・税理士)