最終更新日:2026-09-14
税理士事務所の評価額はどう計算されるか?年間顧問料に一定の倍率をかける方法と年買法
税理士事務所の売却相場は年間顧問料の0.5〜1.5倍では、公表されている相場に売上基準と利益基準という性質の違う2系統が混ざっていることに触れました。この記事は、その2つが実際にどう計算されるのかを、特に年買法の中身を中心に整理するものです。
提示された金額が妥当かどうかは、金額だけを見ても判断できません。どちらの方式で、どの数字を基礎に計算されたのかまで戻らないと確かめられないためです。先に断っておくと、ここで扱う2つは、金額の見当をつけるために参考として使われている計算方法です。実際の価格は当事者の事情と交渉で決まるもので、方式に当てはめれば答えが出るというものではありません。
売り手・買い手のどちらにも同じ内容として書いています。
方式1:年間顧問料に一定の倍率をかける
倍率の相場は相場記事で扱っています。
この方式が使われるのは、税理士事務所の価値の実体が、設備や在庫ではなく顧問先との継続的な契約にあるためです。毎年発生する顧問料は、引き継ぐことができれば買い手の売上になります。金額の把握もしやすく、当事者どうしで話が通じやすい形でもあります。
弱点は、利益が出ているかどうかを見ていないことです。同じ年間顧問料5,000万円でも、人件費率50%の事務所と70%の事務所では、買い手の手元に残る利益がまったく違います。それでも売上基準では同じ評価額になります。
なお、計算の基礎に何を入れるか(年末調整や税務調査対応をどう扱うか)で金額が直接動きます。この点は評価の基礎になる「継続売上」に、どこまで含めるかで扱っています。
方式2:年買法(時価純資産+利益の数年分)
中小企業のM&A全般で広く使われている方法です。年買法または年倍法と呼ばれます。
譲渡価額の目安 = 修正した時価純資産 + 営業権(のれん)
営業権(のれん) = 利益 × 年数
営業権を「利益の何年分か」で簡便に計算するところが、この方法の特徴です。掛ける利益は営業利益とされることが多いものの、修正営業利益・経常利益・EBITDAなど、案件によって異なります(M&A STORY)。
なお、この式が何の価値を出しているのかは、取引の形によって変わります。個人事務所の事業譲渡には株式がありませんし、税理士法人でも、社員持分を譲るのか事業を譲るのかで評価の対象が変わります。「株式価値の算定式」と一律に理解しない方が正確です。
加算する年数について、中小企業庁の中小M&Aの譲渡額の算定方法は「通常1年〜3年」で、事例ごとに異なり交渉で決まることが多いとしています。税理士事務所を対象とした媒体が公表している数字も1〜3年分あるいは3年分で、この範囲に収まります。税理士事務所だから年数が短い、ということではありません。民間の媒体には1年から5年とするものもあり、幅の取り方は資料によって違います(同上)。
税理士事務所では、純資産の部分が小さくなりやすい
M&Aサクシードは、士業事務所では純資産をほぼゼロとみると記載しています。設備投資が少なく、大きな資産を持たない業種のためです。
ただし、純資産が必ずゼロになるわけではありません。現預金、売掛金や未収報酬、事務所の敷金、借入金や未払金などは実際に存在します。加算される純資産がいくらになるかは、業種の性質というより、どの資産・負債を譲渡の対象に含めるかで決まります。事業譲渡で対象範囲を絞れば小さくなり、法人ごと引き継ぐなら簿外債務まで含めて見ることになります。
どの利益を使うかは、案件によって違う
ここで使う利益は、決算書の数字をそのまま持ってくるわけではありません。所長の取り分を後任の人件費に置き換えるなどの調整が前提になります(この調整の中身は相場記事の分解2で扱っています)。
年買法に固有の論点は、調整した後、どの段階の利益を掛けるかです。営業利益とされることが多いものの、経常利益やEBITDAが使われることもあります。前掲の中小企業庁の資料も、加算対象の利益を「税引後利益又は経常利益等」と書いていて、営業利益に限定していません。営業利益とEBITDAでは減価償却費の分だけ差が出ます。設備の少ない税理士事務所では差が小さくなりやすいものの、事務所の内装やシステムに大きな投資をした直後であれば無視できません。提示された金額がどの利益を基礎にしているかは、確認しておく必要があります。
税理士事務所では、この調整が特に大きく効きます。個人事務所と税理士法人とで、決算書に表れる利益の意味が違うためです。調整をしないまま「営業利益の3年分」を当てはめると、同じ収益力の事務所でも金額が2.5倍変わることがあります。詳細は相場記事の分解2で扱っています。
弱点は、利益の数年分とする根拠がないこと
この点は指摘されているところです(同上)。なぜ3年なのか、なぜ5年ではないのかを理論的に説明することはできません。計算が簡単で直感的に納得しやすいことが、広く使われている理由です。
DCF法が出てこないのは、将来計画を前提にできないから
企業価値評価の手法としては、将来のキャッシュフローを現在価値に割り引くDCF法があります。将来の収益力と時間価値を反映する点で、理論的な整合性が高い方法とされています。それでも、今回確認した税理士事務所M&Aの解説記事では、いずれもDCF法を前面に出していませんでした。
中小企業のM&A全般でも、計算が簡便な年買法の方が多く使われるとされています。DCF法は将来の事業計画を前提とするため、小規模で所長個人への依存度が高い事務所では、予測の前提そのものを置きにくいという事情があると考えられます。
ただし、規模の大きい税理士法人の案件では使われることもあり得ます。
所長が一人で回している事務所は、逆転が起きやすい
人件費率が高い事務所では売上基準、少人数で効率のよい事務所では利益基準の方が高く出るという傾向は、相場記事の分解1で扱いました。ここでは、その延長で見落としやすいケースを一つ挙げます。
所長がほぼ一人で回している事務所です。人件費が小さいので、調整前の利益は大きく見えます。利益基準で計算すると、売上基準より高い金額が出ることも珍しくありません。
ですが、所長が抜けた後にその業務を担う人を採用する費用を織り込むと、利益は下がります。調整前は最も高く出て、調整後は最も低く出る。同じ事務所で評価が逆転しやすいのが、この形です。
どこまで下がるかは、後任にいくらかかるかによって変わります。買い手が既存の体制で吸収できる場合には小さく済むこともあります。いずれにせよ、調整をしないまま利益基準で高い評価を主張すると、デューデリジェンスの段階で修正を求められる可能性が高くなります。
計算はあくまで出発点で、価格は交渉と個別の事情で決まる
実際に決まる価格は、売り手が引退時期を急いでいるかどうか、買い手に他の候補があるかどうか、引き継ぎにどこまで協力するか、といった個別の事情で動きます。計算した金額のとおりに決着することの方が、むしろ少ないと考えておく方が実態に近いはずです。
そのうえで、両方で計算しておく意味はあります。
売り手側は、自分の事務所がどちらの方式で高く出るかを把握したうえで交渉に臨むことになります。ただし、有利な方式だけを提示しても、買い手はもう一方でも計算します。両方で計算しておき、差が出る理由を自分の言葉で説明できる状態にしておく方が、結果的に話が早く進みます。
買い手側は、提示された金額がどちらの方式によるものかを最初に確認します。売上基準で提示されている場合は、その金額で買った場合に利益が回収可能かを、自分で利益基準に置き換えて検算する必要があります。顧問先の離脱をどこまで織り込むかは、顧問先の解約は何%まで織り込むべきかで扱っています。
まとめ
- 税理士事務所の評価には、年間顧問料に一定の倍率をかける方法(売上基準)と、年買法(利益基準)の2系統がある。いずれも金額の見当をつけるための参考として使われているもの
- 売上基準は引き継げる継続収入に着目する方法で、金額を把握しやすい一方、利益が出ているかを見ていない
- 年買法は「修正した時価純資産+営業権」で、営業権を利益の数年分として簡便に計算する。年数は中小企業庁の資料で通常1〜3年とされ、税理士事務所を対象とした媒体が示す1〜3年分あるいは3年分もこの範囲に収まる。税理士事務所だから年数が短いわけではない
- 税理士事務所は純資産の部分が小さくなりやすいが、ゼロではない。加算額は業種の性質ではなく、どの資産・負債を譲渡対象に含めるかで決まる
- 年買法で使う利益は、所長の取り分を後任の人件費に置き換えるなどの調整をした後の数字。さらに、調整後のどの段階の利益(営業利益・経常利益・EBITDA)を掛けるかも案件によって違う
- 年買法には、のれんを利益の数年分とすることについて理論的な根拠がないと指摘されている
- DCF法は理論的な整合性が高いとされるが、今回確認した税理士事務所M&Aの解説記事では前面に出ていなかった。規模の大きい案件では使われることもあり得る
- 所長がほぼ一人で回している事務所は、調整前は最も高く、調整後は最も低く出る。同じ事務所で評価が逆転しやすい
- どちらの方式で出した金額も交渉の出発点で、実際の価格は引退時期・他の候補の有無・引き継ぎへの協力度といった個別の事情で動く
監修
税理士事務所承継ラボ編集部(公認会計士・税理士)