最終更新日:2026-09-14

税理士事務所のM&Aはどれくらいかかるか?成約までの期間と、引退から逆算する考え方

当サイトの記事には「デューデリジェンスの段階で」「クロージング後に」といった言い方が繰り返し出てきます。ですが、それが全体のどこに位置するのか、そこに至るまでに何か月かかるのかを通しで説明した記事は、これまでありませんでした。この記事でその全体像を整理します。

先に結論を言うと、押さえるべき時間軸は2つあります。成約までは半年から1年半程度ですが、引退までを考えるなら、成約後の引き継ぎ期間を別に見込む必要があります。しかも「引き継ぎ」には、事務手続きの引継ぎと、成約後に売り手の経営者が関与し続ける期間(ロックアップ)という別々のものが含まれています。この2つを混同すると、動き出す時期の判断を誤ります。

売り手・買い手の双方を対象に書いています。各段階で、それぞれが何をすることになるのかを併記しました。

公的な資料で確認できるのは、3つの期間だけ

中小企業庁の中小M&Aガイドライン(第3版)に記載があるのは、次の3つです。

記載箇所対象期間
譲り渡し側にとっての留意点希望する譲り受け側とのマッチング数か月〜1年程度
クロージング後(ポストM&A)譲り渡し側が事務手続きの引継ぎに協力する期間3か月〜1年程度
仲介契約・FA契約の留意点専任条項を設ける場合の契約期間最長でも6か月〜1年以内を目安

3行目は期間の実績ではなく、ガイドラインが支援機関に対して示している行動指針です。専任条項に長期間拘束されると他の仲介者に依頼できなくなるため、契約期間に上限を設けるべきだという趣旨です。裏を返せば、相手探しは6か月から1年で一区切りつくものとして想定されている、ということでもあります。

全体の期間は、どこから数えるかで変わる

一方、検討開始からクロージングまでの通しの期間は、公的な資料では確認できませんでした。各社が公表している目安を並べると、幅があります。

出典起点と終点期間
クレジオ・パートナーズ仲介会社への正式依頼 〜 クロージング平均約9か月(一般に6か月〜1年)
みつきコンサルティング検討開始 〜 クロージング6か月〜1年6か月(平均1年前後)

数字が違う主な理由の一つは、どこから数えているかが違うことです。前者は仲介会社に正式に依頼した時点から、後者は本人が検討を始めた時点から数えています。クレジオ・パートナーズは、その手前の「事前検討」に3か月〜10年という幅を置いています。

もちろん、起点の違いだけで説明がつくわけではありません。案件の規模、買い手候補の数、デューデリジェンスで出てくる論点、契約の承継に要する手間などによっても変わります。「M&Aは1年かかる」という説明を読むときは、その1年がどこから始まっているかをまず確認してください。

段階ごとの目安と、それぞれがすること

上記2社が示している工程をもとに整理したものです。期間は案件によって前後します。また、工程は並行して進むことがあるため、下記の期間を単純に足し上げても全体の期間にはなりません。

段階期間の目安売り手がすること買い手がすること
準備・案件設計1〜2か月希望条件を整理し、譲渡の対象範囲とスキームを検討する。財務・税務資料や顧問先リストを揃える買収の方針・予算・想定するスキームを固める
買い手候補への打診2週間〜3か月打診先の承認と、除外したい相手の指定を行う。仲介者を使う場合、打診自体は仲介者が行う匿名の概要資料を見て、検討対象を選ぶ
秘密保持契約・詳細開示候補ごとに随時事務所名を含む詳細情報を開示する顧問先の構成や収益の内容を確認する
トップ面談2週間〜2か月相手の方針・人柄を見極める事務所の実態と、所長の関与度を確認する
意向表明・候補の絞り込み2週間〜1か月提示された条件を比較し、交渉相手を絞る希望価格・スキーム・引継ぎ条件を書面で提示する
基本合意2週間〜1か月独占交渉条項を置く場合、他の候補との交渉を止めることになる暫定的な価格と、デューデリジェンスの前提を固める
デューデリジェンス1〜2か月質問への回答と資料提出に対応する財務・税務・法務のほか、顧問契約の承継可能性、人員構成、係争や懲戒のリスクなどを調査する
最終契約2週間〜1か月表明保証の内容を精査し、保証する範囲を確定する調査結果を価格や契約条件に反映する
クロージング契約から即日〜2か月譲渡対象を移転し、契約の承継やスタッフ・顧問先への対応を行う譲渡代金を決済する

基本合意には、原則として法的拘束力がありません

基本合意書について、中小企業庁の中小M&Aガイドライン(第3版)の用語集はこう説明しています。

基本的に法的拘束力がないものの、譲り受け側の独占的交渉権や秘密保持義務等については、法的拘束力を認めることが通常である。

つまり、全体が当然に拘束力を持つわけではない一方、独占交渉と秘密保持は別扱いということです。価格や取引条件は、デューデリジェンスと最終契約の交渉を前提とした暫定的な合意とされることが多く、この後で変わり得ます。

独占交渉条項を置いた場合、売り手は他の候補との交渉を契約上止めることになります。それでいて価格はまだ確定していません。そのため、買い手候補の主要な比較・選定は、この段階までに済ませておく必要があります(買い手の資金力・本気度をどう見極めるか)。もっとも、その後の交渉で条件が折り合わなければ、交渉を終えるという判断もあり得ます。

なお、基本合意を締結しない案件もあります。同ガイドラインは、資金繰り等の関係でクロージングを急ぐ必要がある場合には「基本合意を締結せず、最低限の秘密保持契約の締結のみに留めて、最終契約締結に直接進むケースもある」としています。どの条項に拘束力を持たせるかも、契約書の文言によって決まります。

デューデリジェンスで何が調べられるかは、評価の基礎になる「継続売上」に、どこまで含めるかや顧問先の解約は何%まで織り込むべきかで扱っています。

「引き継ぎ」には2種類ある

「引き継ぎに何年かかるか」について示される数字が食い違って見えるのは、多くの場合、性質の違う2つのものが混ざっているためです。

1つ目は、事務手続きの引継ぎです。中小企業庁のガイドラインは、クロージング後に必要な作業として、取引先への報告、リース契約・賃貸借契約・金銭消費貸借契約の名義変更、経営者保証の解除と連帯保証人の変更、業務フローの引継ぎ、売掛金の振込先口座の変更、給与体系・就業規則の統一、代表者変更の登記などを挙げたうえで、こう書いています。

譲り渡し側は、譲り受け側の希望に応じて、引継ぎ等の作業に適宜協力することが望まれる。こういった作業には、3か月~1年程度の時間を要することが多いが、個別のケースにおいて異なる。

2つ目は、成約後に、売り手の経営者が事業に関与し続ける期間です。こちらは名義変更のような作業ではなく、最終契約で定める条件です。

ロックアップ(キーマン条項)とは

この2つ目にあたる取り決めは、中小企業のM&Aでロックアップ、またはキーマン条項と呼ばれます。日本M&Aセンターは「売り手側の経営者含めたキーマンが、M&A後も一定期間会社に残る契約条件」と説明しており、キーマンに関する契約が主体であることから「キーマン条項」とも呼ばれるとしています。

目的は、買収後の事業を安定させることです。売り手の中心人物を一定期間残すことで、顧客や従業員の離反を防ぎ、ノウハウや取引関係を引き継ぎやすくします。2〜3年程度に設定されることが多いとされ、3年以上になることもあります。

ガイドライン本体には「ロックアップ」という語自体がなく、継続関与についても「成立後にも一定期間経営に関与することを条件として成立した事例」として触れているだけで、期間の数字は示されていません。公的資料からは、この2つ目の期間を読み取れないということです。

3年半という数字は、3年のロックアップからの逆算

士業事務所M&A支援協会は、M&Aを検討すべきタイミングは引退ゴールの3年半前が理想としています。統合先探しに3〜6か月、その後3年間で、1年目は所長が在籍して引き継ぎ、2年目は非常勤(週2〜3日)、3年目は顧問・相談役として一歩引く、という「3年ソフトランディング」です。

この3年はロックアップの設計であって、事務手続きの引継ぎとは別物です。一般的なロックアップが2〜3年とされることを踏まえれば、特別に長い設定ではありません。

成約までの期間、事務手続きの引継ぎ期間、ロックアップ期間の3つを同じ時間尺度で比べた図同じ尺度で並べた期間の目安。濃い部分が下限、薄い部分が上限まで成約まで(検討〜クロージング)6か月〜1年6か月(1)事務手続きの引継ぎ3か月〜1年(中小企業庁)(2)ロックアップ(売り手経営者の継続関与)一般に2〜3年税理士事務所で3年の例01年2年3年

税理士事務所では、成約後の関与が長くなりやすい

事務手続きの引継ぎは、業種によって大きくは変わりません。差が出るのは、成約後に売り手の経営者が事業に関与し続ける期間の方です。

税理士事務所の価値は顧問先との継続的な契約にあり、その関係が前所長個人への信頼で成り立っている場合、引き継ぐには時間がかかります。決算や申告の周期を一巡させないと、引き継ぎが済んだかどうかを判断しにくい面もあります。ロックアップが長めに設計されやすいのは、このためだと考えられます。

ただし、3年が標準というわけではありません。継続関与の期間は相場で決まるものではなく、最終契約で定めるものなので、案件ごとに違います。即時に退任する形もあります。

売り手として実際に何をどれだけ求められるのかは、「1年間残ってほしい」と言われたら?引継ぎ期間に売り手が行う業務を解説で扱っています。健康上の理由などで急いでいる場合の考え方はこちらです。

繁忙期(12月〜5月)をスケジュールに織り込む

もう一つ、スケジュールを組むうえで考慮したい事情があります。会計事務所では、年末調整・確定申告・3月決算法人の申告が続くため、12月から翌年5月ごろにかけて業務負荷が高まりやすいとされています。所得税の確定申告は期限が法定されており(原則として2月16日から3月15日まで)、期限を後ろに動かすことはできません。

M&Aのスケジュールと繁忙期の関係を扱った資料は見当たりませんでしたが、上の工程表と重ねると、実務上の制約が見えてきます。デューデリジェンスは1〜2か月かかり、その間、売り手は資料提出と質問対応に時間を割くことになります。トップ面談や個別の打ち合わせも重なります。プロセスがこの時期をまたぐ場合、どの工程をいつ置くかについて、日程調整が必要になることがあります。

繁忙期の範囲や重さは、顧問先の構成、個人の確定申告の件数、12月決算・3月決算の法人の比率などによって事務所ごとに違います。自分の事務所がどの時期に動けないのかを整理したうえで、相手方にスケジュールの前提として共有しておくことは、検討する価値があります。

告知の時期は、工程表では自動的に決まらない

プロセスが進むと、スタッフや顧問先への告知をいつ行うかを、別に設計する必要が出てきます。スキームによっては、契約の承継やスタッフの同意がクロージングの前提条件になることもあります。

まとめ

  • 公的な資料で確認できるのは、中小企業庁のガイドラインにある「マッチングに数か月〜1年」「事務手続きの引継ぎに3か月〜1年」「専任条項を置く場合の契約期間は最長6か月〜1年以内を目安」の3つ
  • 検討開始からクロージングまでの通しの期間は公的資料では確認できず、各社の目安では正式依頼からなら平均約9か月、検討開始からなら6か月〜1年6か月。起点の定義が違うことが、数字が違う主な理由の一つ
  • 段階は、準備・打診・詳細開示・トップ面談・意向表明・基本合意・デューデリジェンス・最終契約・クロージングに分かれる。工程は並行することがあり、期間を単純に足し上げても全体にはならない
  • 基本合意書は基本的に法的拘束力がないが、独占的交渉権と秘密保持義務については拘束力を認めるのが通常(中小企業庁ガイドライン用語集)
  • 「引き継ぎ」には、事務手続きの引継ぎ(3か月〜1年)と、成約後に売り手の経営者が関与し続ける期間の2種類がある。後者はロックアップ(キーマン条項)と呼ばれ、一般に2〜3年程度。最終契約で定めるもので、ガイドラインに期間の記載はない
  • 税理士事務所で示される「引退の3年半前から」は、ロックアップ3年を前提に逆算した設計。一般的な2〜3年の範囲内であり、特別に長いわけではない
  • 会計事務所は12月〜翌5月に業務負荷が高まりやすい。プロセスがこの時期をまたぐ場合、日程調整が必要になりやすい

最終確認日:2026年8月18日(各媒体が示す期間は更新されることがあります。数値は上記の各リンク先で確認しています)

監修

税理士事務所承継ラボ編集部(公認会計士・税理士)