最終更新日:2026-09-14

健康上の理由などで事務所承継を急ぐ場合、何を優先すべき?時間がある場合とない場合の動き方の違い

「体調を崩して入院した」「持病が急に悪化した」——健康上の理由がきっかけで、通常のペースでは事務所承継を考えていられなくなる方がいます。事務所承継を考え始めるタイミングとはでは、健康・年齢等を「検討を急ぐべき代表的なきっかけ」として挙げましたが、実際に急いでいる方が知りたいのは、その先の「では何から手をつければよいか」のはずです。この記事はそこに焦点を当てます。

先に結論を言うと、「急いでいる」状況は一つではありません。まだ数か月〜数年の猶予が残っている場合と、ほとんど・まったく猶予がない場合とでは、とるべき対応がまったく異なります。この違いを整理せずに「とにかく急がなければ」と動き出すと、かえって判断を誤りやすくなります。

「急いでいる」には2つの種類がある

  • 予測できる緊急性:持病の悪化、加齢による体力の低下、医師から今後の見通しを伝えられた場合など。多くの場合、数か月から数年程度の猶予が残っています
  • 予測できない緊急性:突然の入院、事故、急死など。猶予はほぼゼロで、平時に備えを用意できていたかどうかで、その後の対応のしやすさが大きく変わります

どちらに近いかは病状やご本人・事務所の体制によって変わるため、上記はあくまで目安です。この2つを分ける意味は、とれる対応の幅がまったく違うという点にあります。猶予が数か月〜数年あるなら、道1(事務所内承継)・道2(第三者承継・M&A)のどちらも、前倒しで進めれば間に合う可能性があります。一方、猶予がほぼゼロの場合、今から検討を始めても間に合わないことが多く、話の中心は「検討」ではなく「備え」に移ります。

猶予の有無によって、優先すべき対応の重心が変わる様子を示す図数か月〜数年あるほぼゼロ問い猶予はどれくらいありそうか1予測できる緊急性→ 前倒しで検討を進める2予測できない緊急性→ 平時の備えが本題になる
猶予の有無によって、検討すべき内容の重心が変わります

猶予がまだある場合:通常のプロセスを前倒しで進める

道1(事務所内承継)は、育成期間との整合性を先に確認する

事務所承継を考え始めるタイミングとはで触れた通り、事務所内承継(道1)は、候補者を採用してから実際に任せられるようになるまで数年単位の期間がかかることが一般的です。猶予が数か月〜1年程度しかない場合、ゼロから育成を始める道1は現実的でないことが多く、既にある程度実務を任せられる候補者がいる場合に限られます。この見極めを曖昧にしたまま「とりあえず育成」に時間を使ってしまうと、結果的にどちらの道にも進めないまま時間切れになるリスクがあります。

道2(第三者承継・M&A)は、価格の精緻化より先に譲渡先の確保を優先する

M&Aを検討する場合、通常であれば価格の考え方や契約条件をじっくり詰めてから譲渡先探しに進むこともできますが、猶予が限られている場合は、まず「譲渡先を確保できるかどうか」を優先し、価格・契約の細部は並行して詰めていくという順序の入れ替えも選択肢の一つになります。ただし、これは「価格や契約を後回しにしてよい」という意味ではありません。買い手候補の資金力・本気度といった最低限の見極めまで省略すると、後になって話が流れるリスクがかえって高まります。専門家(税理士会、M&A仲介会社等)への相談も、通常より早いタイミングで行い、複数の選択肢を並行して探ることをおすすめします。

匿名性を守りつつ、開示は急ぎすぎない

買い手の資金力・本気度をどう見極めるかで触れた通り、情報開示は関心の確認→秘密保持契約の締結→詳細情報の開示、という段階を踏むのが基本です。急いでいる場合でも、この順序自体を省略するのではなく、各段階のスピードを上げる形で対応する方が安全です。

また、事務所を丸ごと譲渡するか、顧問先を切り分けて段階的に譲渡するかで迷っている場合は、一括譲渡とセグメント別複数回譲渡の判断基準も参考になります。両者は対等な2つの経営判断であり、どちらが正解ということはありませんが、セグメント別複数回譲渡は譲渡後も残存部分の運営を続ける体力・時間が前提になるため、緊急性が高いケースでは一括譲渡の方が選びやすくなります。

猶予がほとんどない場合:平時の備えが本題になる

突然の入院や急死は、通常の検討プロセスでは対応できません。ここで重要になるのは、「今すぐ売却先を探す」ことではなく、「いざというときに顧問先への影響を最小限に抑えられる備えを、平時のうちに用意しておく」ことです。

家族・無資格のスタッフだけでは税務代理等を代行できない

税理士法上、税務代理・税務書類の作成・税務相談という税理士の中核業務(いわゆる3業務)を行えるのは、税理士名簿に登録された税理士(または税理士法人)に限られます。資格を持っているだけでは足りず、登録が前提になる点にも注意してください。所長本人が突然動けなくなった場合、家族や無資格のスタッフがこの3業務をそのまま代行することは制度上できません(記帳代行や顧問先への事務連絡など、3業務に該当しない周辺業務まで一律に止まるわけではありませんが、税務代理等の中核部分は別の税理士に委ねる必要があります)。

実務上の備えとして検討に値するのが、緊急時に一時的に業務を代行してもらえる、信頼できる他の税理士との関係を平時から持っておくことです。具体的にどのような相談窓口・制度があるかは所属する税理士会によって異なるため、一度確認しておくことをおすすめします。

緊急時に備えて整理しておきたい情報

項目内容
顧問先の一覧・連絡先誰が何を、いつまでに対応すべきかが分かる形で整理
各種システムのアクセス情報会計ソフト・税務ソフト・クラウドサービスのID・パスワード等
緊急連絡先代行を依頼できる税理士、家族、顧問先対応を助けてくれるスタッフ等
契約書・重要書類の保管場所顧問契約書、賃貸借契約書等、代行者が把握すべき書類一式

これらは、譲渡や承継を前提にしなくても、事業を続けている限り整理しておいて損はない情報です。ただし、ID・パスワードをそのまま一覧化して平文で保管するのはセキュリティ上望ましくありません。パスワード管理ツールの緊急時アクセス機能を使う、信頼できる代行者にのみ限定的に開示する等、保管方法自体にも配慮してください。

廃業も、選択肢から外さない

猶予がほとんどない中で、無理に事務所内承継やM&Aを急ぐと、拙速な判断がかえって顧問先やスタッフに迷惑をかけることがあります。時間的に譲渡先を見つけられる見込みが薄い場合、廃業も恥じることのない選択肢の一つです。中小企業庁も、廃業を選ぶ場合であっても、取引先・顧客への影響を抑えるための早期の準備・情報共有が望ましいという考え方を示しています。

廃業する場合も、顧問先への影響を抑える閉じ方はあります。早めに廃業の見通しを伝え、可能な範囲で他の税理士への引き継ぎを案内するなど、閉じ方自体を丁寧に設計することは、譲渡先が見つからなかった場合でも十分に意味があります。

なお、事業承継・M&A補助金の4つの枠で触れた「廃業・再チャレンジ枠」は、事業承継・M&Aに伴い既存事業を廃業し、新たな取り組みにチャレンジする事業者を対象とする枠であり、単に廃業する場合の費用を広くカバーする制度ではありません。過度な期待はせず、対象になるかどうかは個別に確認してください。

一人で抱え込まない

緊急性が高い状況ほど、一人で判断を抱え込みがちです。しかし、時間が限られているからこそ、早い段階で税理士会や信頼できる同業者、家族に相談し、複数の選択肢を並行して検討することが、結果的に最も現実的な判断につながります。

まとめ

  • 「急いでいる」状況は、予測できる緊急性(猶予が数か月〜数年)と予測できない緊急性(猶予がほぼゼロ)の2つに分かれ、とるべき対応が異なる
  • 猶予がある場合は、道1・道2どちらも前倒しで進めることを検討する。道1は育成期間との整合性を、道2は譲渡先の確保を優先する
  • 猶予がほぼない場合、検討の中心は「今すぐの売却」ではなく「平時からの備え」になる。無資格の家族・スタッフは業務を代行できない点を踏まえ、緊急時に代行を頼める税理士との関係や、必要な情報の整理をしておく
  • 時間的に譲渡先が見つからない場合、廃業も選択肢の一つ。廃業する場合も、顧問先への影響を抑える閉じ方を意識する
  • 一人で抱え込まず、早い段階で税理士会や信頼できる同業者に相談する

監修

税理士事務所承継ラボ編集部(公認会計士・税理士)