最終更新日:2026-10-13
税理士事務所の買い手の税務上のポイントは?顧問先の引継ぎなら対価は経費になり、持分の譲受けなら経費にならない
売り手の税金は、事務所の形と抜け方で決まります。では、買った側はどうか。買い手が気にするのは、払った対価が自分の税金を減らす経費になるのか、いつなるのか、そして消費税がかかるのか、の3つです。
結論から言うと、顧問先を引き継ぐ対価は経費(個人なら必要経費、法人なら損金。この記事ではまとめて経費と書きます)になりますが、払った年に全額とは限らず、どの整理に当たるかで時期が変わります。持分を買う対価は、買ったときには経費にならず、譲渡や払戻しのときに取得費として扱われます。消費税は、前者にはかかり、後者にはかかりません。この記事では、その理由を条文で確かめながら整理し、最後に売り手と買い手で有利な形が逆になることを見ます。
買い手の課税は、何を買ったかで分かれる
買い手が個人の税理士でも税理士法人でも、入口は同じです。顧問先を引き継いだのか(事業譲渡)、税理士法人の持分を譲り受けたのか。
| 買う形 | 買い手 | 対価の扱い | 消費税 |
|---|---|---|---|
| 顧問先の引継ぎ | 個人・法人 | 経費になる。時期は整理による | 課税 |
| 持分の譲受け | 個人のみ | 買ったときは経費にならず、取得費になる | 非課税 |
税理士法人同士の合併は、法人税法の組織再編税制と税理士法の手続きの両方がかかるので、この記事では扱いません。
顧問先を引き継ぐ対価は、どの整理に当たるかで経費になる時期が変わる
売り手が個人事務所の場合、売り手の側では、税理士業務は譲渡できる資産ではなく、対価は顧問先を紹介・あっせんした対価だと整理されます(詳しくは個人のまま譲渡したときの手取り)。では、買い手は何に対してお金を払ったことになるのか。
この点を直接判断した公表の裁決や判例は、確認できていません。解説の見解は2つに分かれています。
1つは、対価のうち引き継いだ資産の時価を超える部分を営業権(のれん)として計上し、5年で償却する整理です。一般の事業譲渡の解説はこの書き方で、医院や歯科医院の承継を扱う解説にも、買い手は営業権を5年で経費にするとしたものがあります。
もう1つは、営業権ではなく、顧問先を紹介してもらった費用(繰延資産)とする整理です。手がかりは3つあります。
- 税務研究会のQ&A(国税OB税理士の回答、2020年)は、先代から顧問先を譲り受けた税理士が払った一時金について、営業権の取得対価ではなく、顧問先の紹介という開発費(市場の開拓のために特別に支出する費用)として繰延資産に当たる、としています。医療専門の税理士の解説にも、承継開業で払う営業権相当の対価を開業費(繰延資産)とする整理があります
- 国税不服審判所の裁決(平成22年6月30日)は、税理士事務所のノウハウや顧問先との信頼関係は税理士個人に帰属する一身専属性の高いものだとして、その事務所に営業権またはこれに類する権利が存在したとは認められない、としました。売り手の所得区分を争った事案ですが、引き継いだ側の税理士は、支払いを「顧問先に対して優先的に営業していくための対価」と認識していると答えています
- 売り手を雑所得とした静岡地裁の判決(平成25年5月10日)の事案で、4,000万円を払った税理士法人は、対価を顧問先を紹介してもらうための市場開発費として経理していました。判決の事実認定に書かれていますが、裁判所はこの処理の当否を判断していません(MJS租税判例研究会の解説資料)
売り手の所得区分だけで買い手の資産区分が決まるわけではありません。ただ、裁決は売り手の所得の話にとどまらず、その事務所に営業権が存在しなかったと認定しています。存在しないとされた営業権を、買い手の側だけが取得したことにできるのか、という問題は残ります。どの整理に当たるかは、買い手が選ぶのではなく、契約の中身と引き継いだものの実態で決まります。そして、どの整理に当たるかで、経費にできる時期が大きく変わります。
| 整理 | どういう扱いか | 経費にできる時期 |
|---|---|---|
| 開発費 | 繰延資産。市場の開拓のために特別に支出した費用 | 開発費に当たる場合、経費にする額と時期は買い手が決められる。個人は申告書に記載した額、法人は損金経理した額を、まだ経費にしていない残額の範囲で経費にできる |
| 営業権 | 減価償却資産(無形固定資産)を取得した | 5年の定額法(年の途中で事業の用に供した年は月割り)。払った年に全額は経費にできない |
| 資産調整勘定 | 売り手・買い手とも法人で、法人の事業と主要な資産・負債のおおむね全部を引き継ぎ、対価が時価純資産を超えた | 超えた部分を60か月で月割りに損金算入。損金経理は要らない |
開発費は、個人でも法人でも繰延資産に含まれます(所得税法施行令第7条第1項第2号、法人税法施行令第14条第1項第3号)。個人の条文には支出額を60で割って月数を掛ける計算が書かれていますが、確定申告書に記載した額を、まだ経費にしていない残額の範囲で必要経費にできます。法人は損金経理した額を同じ範囲で損金にできます(所得税法施行令第137条第1項第1号・第3項、法人税法施行令第64条第1項第1号)。つまり、開発費に当たるなら、払った年に全額を経費にするか、何年かに分けるかは買い手が決められます。
営業権として扱うなら、耐用年数は5年です(減価償却資産の耐用年数等に関する省令 別表第三)。払った年に全額を経費にすることはできません。
売り手が税理士法人で、買い手の税理士法人がその事業と主要な資産・負債のおおむね全部を引き継いだ場合は、対価が引き継いだ資産・負債の時価純資産を超える部分が資産調整勘定になり、60か月で月割りに損金に算入します(法人税法第62条の8第1項・第4項・第5項、法人税法施行令第123条の10第1項)。この仕組みは、事業を移転するのが法人である場合に限られます(法人税法施行令第123条の10第2項)。売り手が個人事務所なら、買い手が税理士法人でも資産調整勘定にはなりません。
税理士事務所で引き継ぐ資産・負債は、備品やソフトウェア、事務所の敷金、未収の報酬、引き受ける負債があればそれくらいで、金額は小さいのが普通です。事業の値段のほとんどは顧問先との関係に付いているので、要件を満たす場合は、対価の大半が資産調整勘定になります。逆に、引き継ぐのが顧問先だけで、事務所の資産や負債を引き継がない契約だと、一つの事業とその主要な資産・負債がまとめて移ったとは言いにくく、要件を満たしにくくなります。静岡地裁の事案は、売り手が個人で、備品以外の資産・負債を引き継がない契約でした。
買い手の税金の見通しは、契約の中身からどの整理に当たるかを判定してから立てることになります。開発費なら払った年に大きく効かせることもでき、営業権なら5年に薄く延びます。
どちらで通るかが読めないときの線の引き方は、償却の限度で考えると見えてきます。5年で月割りに均等に償却しておけば、営業権と見られても開発費と見られても、償却の限度を超えません。払った年に全額を経費にする処理は、開発費と判定されれば通りますが、営業権と判定されれば限度を超えた分が否認されます。全額即時の処理は、どちらで通るかの不確かさを買い手が引き受ける処理だということです。
持分を買った対価は、譲渡か払戻しまで経費にならない
税理士法人の持分は、税金の上では株式等に含まれます(詳しくは持分の現金化)。株式を買ったのと同じで、払った金額は取得価額として持ち続け、減価償却も繰延資産の償却もありません。取得費として効いてくるのは、その持分を譲渡するか、退社して払戻しを受けるときです(払戻しのときは、みなし配当になる部分と譲渡収入とみなす部分に分かれます)。
持分を譲り受けられるのは個人の税理士に限られます(税理士法第48条の4)。税理士法人は買い手になれません。
もう1つ、持分を買う形に固有の重さがあります。法人の債務は法人に残ったままで、社員になった買い手は、法人の財産で債務を完済できないときなどに、加入する前に生じた法人の債務についても責任を負います(税理士法第48条の21第1項による会社法第580条第1項・第605条の準用)。売り手の債務を当然には引き継がず、引き継ぐ債務を個別に決める事業譲渡と、持分を買って法人ごと引き継ぐ形では、デューデリジェンスで簿外債務をどこまで確認するかの重みが変わります。
消費税は、顧問先の引継ぎにはかかり、持分にはかからない
事業者が国内で対価を得て行う資産の譲渡や役務の提供は、別表第二に列挙された非課税取引に当たらない限り、原則として課税取引です(消費税法第6条第1項)。顧問先の引継ぎは、営業権の譲渡と見ても、紹介・あっせんという役務の提供と見ても、この列挙に入っていないので、課税取引になります。売り手にとっては課税売上で、課税事業者なら納税の計算に入ります。静岡地裁の事案でも、対価の4,000万円は契約上消費税込みの金額でした(課税かどうかを裁判所が判断したものではありません)。
買い手にとっては課税仕入れです。本則課税の課税期間に当たり、適格請求書の保存などの要件を満たせば、仕入税額控除の対象になります。簡易課税を選んでいる課税期間に当たると、この支払に含まれる消費税を実額で控除することはできません(みなし仕入率で計算することになります)。売り手が適格請求書発行事業者でなければ、控除できる額は経過措置の割合に限られます。
持分の譲渡は、有価証券等の譲渡として非課税です。合名会社などの社員の持分や、その他の法人の出資者の持分が、有価証券に類するものとして非課税の範囲に含まれています(消費税法施行令第9条第1項第2号)。
売り手が税理士法人なら、法人に課税され、解散して分配すると社員にもかかる
売り手が税理士法人で、顧問先を事業譲渡で引き継いでもらう場合、対価を受け取るのは法人です。譲渡益には法人税がかかります。法人が対価を持ったまま存続すれば、社員の課税はその時点では生じません。その後、法人を解散して残った財産を社員に分けると、法人の資本金等の額のうちその持分に対応する部分を超える額がみなし配当として社員の配当所得になり、原則として総合課税です(所得税法第25条第1項第4号)。残りの部分は持分の譲渡収入とみなされ、取得費との差額が譲渡損益になります。売り手が引退して法人を畳むなら、法人の段階と社員の段階の両方で課税関係が生じ、事業譲渡で利益が出ていれば2回課税されることになります。
同じ法人を引き継ぐのでも、社員が持分を個人の税理士に譲渡すれば、課税は社員の譲渡益への約20%の分離課税で1回です。売り手が税理士法人のとき、持分譲渡を望む理由はここにあります。
売り手と買い手で、有利な形が逆になる
ここまでを売り手の課税と並べると、同じ取引で有利な形が逆になっていることが分かります。
| 形 | 売り手にとって | 買い手にとって |
|---|---|---|
| 事業譲渡 | 個人なら雑所得で総合課税。法人なら譲渡益に法人税がかかり、解散して分配すると社員の側でみなし配当と譲渡損益の計算が生じる | 対価が経費になる。売り手の債務は当然には引き継がない。消費税がかかる |
| 持分譲渡 | 譲渡益に約20%の分離課税で1回 | 買ったときには経費にならない。法人の債務は残り、加入前の債務にも責任を負う。消費税はかからない |
売り手が税理士法人の社員なら、他の条件が同じ限り、売り手は持分譲渡を、買い手は事業譲渡を望みやすい。税金の面だけを見ても、こういう構造になっています。持分譲渡は買い手が個人の税理士である場合にしか成り立たないので、買い手が税理士法人なら、選択の余地なく事業譲渡か合併になります。売り手が個人事務所なら、そもそも持分がないので、この対立は生じません。
同じ金額でも、売り手の手取りと買い手の税引後の負担は、形によって違います。どちらの形にするかは、価格や支払条件と同じ重さで、最初に決めておく論点です。
まとめ
- 買い手の課税は、顧問先を引き継いだのか、持分を譲り受けたのかで分かれる
- 顧問先を引き継ぐ対価は経費になるが、開発費(繰延資産)・営業権・資産調整勘定のどれに当たるかで時期が変わる。開発費なら払った年に全額も選べ、営業権なら5年、資産調整勘定(売り手・買い手とも法人の場合)なら60か月に分かれる。どれに当たるかを直接判断した公表の裁決・判例は確認できていない。5年で均等に償却しておけば、営業権と開発費のどちらで見られても償却の限度を超えない
- 持分を買った対価は、買ったときには経費にならず、譲渡や払戻しのときの取得費になる。消費税は、顧問先の引継ぎにはかかり、持分の譲渡にはかからない
- 売り手が税理士法人の社員なら、他の条件が同じ限り、税金の面では売り手は持分譲渡を、買い手は事業譲渡を望みやすい。どちらの形にするかは、価格と同じ重さで最初に決める
この記事は、条文と公表されている判決・解説をもとに整理したものです。買い手が払った対価を開発費と営業権のどちらで扱うかを直接判断した公表の裁決・判例は、確認できていません。開発費とする整理は、税務研究会のQ&Aでの国税OB税理士の見解と、判決・裁決に書かれた買い手側の経理処理や認識にもとづくものです。平成22年の裁決も静岡地裁の判決も、争われたのは売り手の所得区分です。税理士法人から税理士法人への事業の譲受けが資産調整勘定の要件に当たるかは、引き継ぐ資産・負債の中身によって変わります。実際の案件では、形を決める前に、第三者の税理士に確認してください。
監修
税理士事務所承継ラボ編集部(公認会計士・税理士)