最終更新日:2026-09-14

譲渡対価の支払条件をどう決めるか?分割払い・アーンアウトなど6つの型と、個人事務所で使えるもの

譲渡対価は、譲渡対象を移転して代金を決済する日(クロージング)に全額を受け取るのが基本の形です。ただ交渉の中では、分割払いにする、一部を後払いにする、実績に応じて追加で払う、といった変則的な設計が持ち出されることがあります。

中小企業庁の中小M&Aガイドライン(第3版)は、こうした設計を6つの型として挙げています。そのうえで、6つのいずれについても「当事者間で争いに発展するリスクがあり、慎重な検討が求められる」としています。

この記事では、6つの型を整理したうえで、税理士事務所のM&Aでどれが成り立つのかを見ていきます。売り手・買い手のどちらにも同じ内容として書いています。

なお以下では、価格と条件を確定させる契約を最終契約、その内容を実行して代金を決済する日をクロージングとして、2つを分けて使います。最終契約からクロージングまでは即日から2か月程度が目安で、この間隔が支払条件の設計にも関わってきます。全体の流れは税理士事務所のM&Aはどれくらいかかるかで扱っています。

ガイドラインは支払の変則パターンを6つ挙げている

ガイドラインは、この6つを2つの節に分けて説明しています。「クロージング後の支払・手続」と「最終契約後の状況に応じた支払の変動」です。前者は支払う時期が後ろにずれるもの、後者は支払う金額が後から動くものにあたります。

節型どういうものか
クロージング後の支払・手続譲渡対価のクロージング後分割払い対価の支払いを分割で行う
クロージング後の支払・手続役員退職慰労金のクロージング後払いクロージング後に、残留する経営者・役員へ退職慰労金を支払う
クロージング後の支払・手続株式のクロージング後段階的取得株式の取得を複数回の取引に分けて行う
最終契約後の状況に応じた支払の変動アーンアウト条項クロージング後の目標達成に応じて追加の対価を支払う
最終契約後の状況に応じた支払の変動株価調整条項価格の前提にした対象会社の現預金や借入金の残高が、クロージングまでに動いた分を譲渡額に反映する
最終契約後の状況に応じた支払の変動支払金の返還に関する条項一定の事象が起きた場合に、支払済みの対価を払い戻す

争いに発展するリスクの中身として、「クロージング後の支払・手続」については決済の遅滞や最終契約の解釈の相違が、「最終契約後の状況に応じた支払の変動」については調整・修正が発生する条件や方法の解釈の相違が挙げられています。クロージングの説明でも、譲り受け側から対価の全部または一部が確実に入金されたことを確認する必要がある、と書かれています。

どの型が成り立つかは、個人事務所か税理士法人かで変わる

ガイドラインは株式会社を想定して書かれています。6つのうち3つは株式や役員があることを前提にしているため、そのままの形では税理士事務所に当てはまりません。ただし当てはまらない理由は、個人事務所と税理士法人とで違います。

型個人事務所(事業譲渡)税理士法人
分割払い検討できる検討できる
役員退職慰労金の後払い役員がいないため対象外社員税理士の退任に伴う支払いとして検討の余地がある
株式の段階的取得株式がないため対象外持分で似た設計は組めるが、制約が強い(下記)
アーンアウト条項検討できる検討できる
株価調整条項株価はないが、譲渡対象の資産・負債の増減を価格に反映する設計はあり得る同左
支払金の返還検討できる検討できる

税理士法人で持分を段階的に動かす場合、税理士法の制約が先に効きます。持分の譲渡には他の社員全員の承諾が必要で、社員が1人になった状態が6か月続くと解散事由にあたります。買い手が社員として加入する前の債務についても責任を負います。詳細は税理士法人を引き継ぐ場合の要件と届出で扱っています。

株価調整条項は、最終契約からクロージングまでの間に、価格の前提にした財産の残高が動くことに備える仕組みです。たとえば現預金3,000万円を前提に価格を決めた後、決済までの間に前経営者が2,000万円を引き出せば、買い手が実際に受け取る会社は合意時点とは別物になります。この差を譲渡額から引いて精算するのが、この条項です。ガイドライン自身は、中小M&Aでは最終契約からクロージングまでの間隔が短いことが多いため、設けるべきか慎重に検討すべきだとしています。

以下では、形態を問わず検討対象になる分割払い・アーンアウト・支払金の返還を順に見ます。

分割払いは、買い手の資金が足りないときに出てくる

ガイドラインは分割払いについて、譲渡対価に対して譲り受け側の資金が不足する場合において活用されることがあると説明しています。買い手の資金計画の話が、売り手にとっての回収リスクとして現れる形です。買い手側から見た資金の組み立ては自己資金はいくら必要かで扱っています。

リスクについては、クロージング後の事業の状況や譲り受け側の状況によっては不履行となる可能性があり、特に支払期間が長期間にわたる場合はリスクが高いとしています。

税理士事務所では、この不履行リスクが引き継ぎの経過と結びつきます。顧問先が想定より抜ければ、買い手の資金繰りは苦しくなります。売り手にとっては、自分が受け取る残額の確実性が、引き継いだ後の顧問先の残り方に左右されるということです。どこまで抜けうるかの見方は顧問先の解約は何%まで織り込むべきかで扱っています。

回収を分割しても、所得が計上される年は分かれない

個人事務所の譲渡では、ここが資金繰りに効きます。譲渡の時点で対価の額が確定していて回収だけを分割する場合、入金を複数年に分けても、所得が計上される年は分かれません。年をまたいで税負担を分散できる条件は手取りはいくら残るかで扱っています。

裏返すと、対価を受け取り終える前に納税の時期が来ることがあります。総合課税で税率の高い帯に乗っている場合、初回の入金からどれだけ納税分を残しておくかを、条件の交渉と同時に決めておくことになります。

なお、後述のアーンアウトのように、支払われるかどうかが後の事象で決まる部分は、額が確定している分割払いとは扱いが別になります。分割払いの中に条件付きの部分が混ざっている場合は、分けて確認する必要があります。

アーンアウトは成長を見込む取引の仕組みで、維持を指標にすると原因を切り分けにくい

ガイドラインはアーンアウト条項を、クロージング後の一定期間(3年以内が多い)に財務目標や非財務目標を設定し、達成された場合に追加の対価を支払う条項と説明しています。そのうえで、クロージング時点では将来の利益の見通しが立ちにくいものの、大幅な成長を実現する可能性のあるベンチャー企業のM&Aで活用されることが多いとしています。

税理士事務所のM&Aで問題になるのは、大幅な成長が実現するかどうかではなく、今ある顧問先がどれだけ残るかです。そのため設計するとしても、成長ではなく顧問先の維持を指標にしたものになると考えられます。

ここで難しくなるのが、原因の切り分けです。売り手のクロージング後の関与は引き継ぎ協力にとどまることが多く、買い手ほどの支配力を持ちません。引き継ぎの丁寧さは残存率に影響しますが、買い手の統合方針・値上げ・担当者交代も影響します。目標が未達だったときに、どちらの寄与なのかを後から特定しにくいため、争いになりやすい構造です。

ガイドラインも、調整が十分に実施されていない段階で譲り渡し側・譲り受け側のバリュエーションの差を埋める目的等で本条項を設けるべきか慎重に検討すべきとしています。価格が折り合わないからアーンアウトにする、という順序で持ち出されたときは、この指摘がそのまま当てはまります。

支払金の返還は、後から責任を問われうる部分に対応する

ガイドラインは、支払金の返還に関する条項を、過去の投資に基づく損失や過年度決算の修正が発生した場合等に、既に支払った譲渡対価を払い戻すことを定める条項としています。

税理士事務所で想定される事象の代表は、過去の申告業務に起因するものです。届出の前提や税務判断の根拠が残っていない場合、処理の妥当性を後から確認しにくくなります(業務標準化度合い)。ほかに、未収報酬の回収可能性や職員との間の未整理の債務なども、同じように後から出てくる部分です。

同じ領域は表明保証条項と補償条項でも扱えます。併置すること自体は珍しくありませんが、発動の要件・上限・期間が条項ごとに違うため、どちらが先に適用されるのか、同じ事象で二重に回収されないかを整理しておく必要があります。なお、解約率が想定を超えた場合に対価を返還・減額させる設計(クローバック)は許容できる解約率の試算で扱っています。基準時点の事実を保証する表明保証との違いも、そちらで整理しています。

変則的な設計を持ち出されたときに確認すること

争いになるのは、条件の書き方が曖昧なときです。持ち出された側が確認するのは、次のあたりになります。

  • 何を基準に判定するか(顧問先の件数か売上か、継続契約だけかスポットを含むか)
  • 判定の時点と期間
  • 買い手側の施策に起因する変動を、判定から除くかどうか
  • 判定に使う数字を、相手方が確認できる形で開示するか
  • 支払われなかった場合、支払われすぎた場合に何が起きるか

条項の具体的な設計は個別の交渉になります。この記事は、どの型が自分の取引で成り立つのかを見分けるところまでを扱っています。

まとめ

  • 中小M&Aガイドラインは譲渡対価の変則的な設計を6つ挙げ、そのいずれについても当事者間で争いに発展するリスクがあり慎重な検討が求められるとしている
  • 6つのうち役員退職慰労金の後払い・株式の段階的取得・株価調整条項は、役員や株式があることを前提にしている。個人事務所ではその形にならず、税理士法人では持分や社員税理士への支払いとして検討の余地があるが、持分の譲渡には他の社員全員の承諾が必要で、社員が1人になった状態が6か月続くと解散事由にあたる
  • 形態を問わず検討対象になるのは、分割払い・アーンアウト・支払金の返還の3つ
  • 分割払いは買い手の資金不足が動機になることがあり、支払期間が長いほど不履行のリスクが高いとされる。税理士事務所では、残額の確実性が引き継いだ後の顧問先の残り方に左右される
  • 対価の額が確定していて回収だけを分割する場合、所得が計上される年は分かれない。対価を受け取り終える前に納税の時期が来ることがある
  • アーンアウトはガイドライン上、成長を見込むベンチャー企業のM&Aで多いとされる仕組み。税理士事務所では顧問先の維持を指標にした設計になるが、売り手の引き継ぎと買い手の統合施策のどちらの寄与かを切り分けにくい
  • 支払金の返還は表明保証・補償条項と同じ領域を扱う。併置する場合は、適用の順序と二重回収の防止を整理しておく

監修

税理士事務所承継ラボ編集部(公認会計士・税理士)