最終更新日:2026-09-14
税理士事務所を買収するとき、自己資金はいくら必要か?
「自己資金3割、借入7割」のような、すべての案件に共通する適正比率はありません。
比率は最初に決めるものではなく、必要な資金・手元に残しておくべき現金・返済できる金額から、結果として決まるものです。この記事では、その逆算の手順を整理します。
なお、ここで示すのは考え方の一例です。唯一の正解ではないので、自分の事務所の数字に置き換えながら、必要に応じて金融機関等の専門家にも相談しつつ使ってください。手順のイメージをつかみやすいよう、各Stepに架空の数字を使った例を添えています(実際の金額の目安として使わないでください)。
Step1:買収に必要な総所要資金を洗い出す
買収価格だけを基準にすると、後から出てくる周辺費用で資金繰りが苦しくなります。洗い出す対象は、次の5項目です。
- 買収代金
- 仲介手数料・専門家費用(税理士・弁護士等への依頼費用)
- システム移行費用(会計・申告ソフトの統一等)
- 採用・引継ぎ対応にかかる費用
- 買収後しばらくの運転資金(給与・家賃等の固定費と、顧問先からの入金サイクルのずれを埋める分)
これらを合計したものが総所要資金です。
例(架空の数字です):買収代金3,000万円+仲介・専門家費用300万円+システム移行費用100万円+採用・引継ぎ費用200万円+運転資金400万円 = 総所要資金4,000万円
Step2:手元に残す現金と、今すぐ使える自己資金を分ける
「◯ヶ月分の運転資金を残す」という一般論をそのまま当てはめるのではなく、自分の事務所の実情に合わせて計算します。
- 固定費(給与・家賃・リース料等)の月額はいくらか
- 顧問先からの入金サイクルは、法人と個人でどうずれているか(個人の確定申告報酬は1〜3月に偏りやすいなど)
- 買収後、顧問契約の再締結や請求名義・振込先(口座振替の変更等)の切り替えが済むまで、請求・入金が一時的に滞る可能性があるか
ここで出した「最低限、手元に残しておきたい金額」を、今の保有現預金から差し引くと、実際に投入できる自己資金の上限が分かります。
投入可能自己資金 = 保有現預金 − 手元に残しておきたい最低金額
計算結果がマイナスになる場合、投入可能自己資金は0として扱います。その場合はそもそも自己資金を追加で投入する余地がなく、既存事業側の資金繰り自体を見直す必要があります。
なお、ここでいう「保有現預金」は、個人として持っている資金なのか、既に経営している税理士法人の資金なのかによって扱いが変わります。既存の法人から買収資金を出す場合、出資や貸付といった法的な手当てが別途必要になることがあるため、具体的な資金の動かし方は専門家に確認してください。
例:保有現預金1,500万円。固定費(月150万円)や入金サイクルのずれを踏まえ、半年分にあたる900万円を手元に残したいと判断した場合、投入可能自己資金 = 1,500万円 − 900万円 = 600万円
Step3:買収後のキャッシュフローをストレステストする
Step1〜5のうち、特に重要なのがこのStep3です。税理士事務所の買収では、譲受時点の顧問料がそのまま維持される前提だけで返済計画を立てず、顧問先・職員が一定割合離脱した場合でも返済を続けられるかを、明示的に確認しておく必要があります。
返済余力は、顧問料の売上ではなく、そこから税金・既存借入の元利返済・設備投資・運転資金の増減等を差し引いた、実際に返済に回せるキャッシュフローで判定します。これを、新規借入の年間元利返済額と比較します(既存借入の返済分は、すでにキャッシュフロー側で差し引き済みなので、比較対象には二重に含めません)。
| ケース | 顧問先離脱 | 職員離脱 | 返済余力 |
|---|---|---|---|
| ベース | 現状維持 | 現状維持 | 要計算 |
| ダウンサイド | 一定割合が離脱 | 現状維持 | 要計算 |
| ストレス | ベースより大きく離脱 | 一部離脱 | 要計算 |
具体的な離脱率は事務所の状況(顧問先の業種構成、前所長への依存度、引継ぎ体制など)によって大きく変わるため、ここでの区分は考え方の枠組みとして使い、実際の数値は自分の案件に合わせて置き換えてください。目安としては、ダウンサイドのケースでも無理なく返済を続けられることを借入額決定の基準にし、ストレスのケースは「その場合、手元資金や追加の対応でどこまで耐えられるか」を確認する位置づけにすると現実的です。
なお、職員が離脱した場合、人件費が減る一方で、採用・外注・引継ぎにかかる費用が発生し、対応できる顧問先数が一時的に減ることもあります。「職員が減る=支出が減る」と単純化せず、両面を考慮してください。
例:計算した結果、ベースケースの返済余力は年800万円、ダウンサイドは年600万円、ストレスは年400万円だったとします。この場合、ダウンサイドの年600万円を、借入額を決める基準として使います。
Step4:そこから借入の上限を逆算する
借入の実質的な上限は、自分がStep3のダウンサイドケースから逆算した安全な範囲と、金融機関が実際に提示・承認する額の、低い方になります。金融機関側の提示額にも、金融機関自身による返済可能性の評価が織り込まれているため、この2つは完全に独立した基準というより、最終的にはすり合わせていくものです。
例:ダウンサイドの返済余力(年600万円)をもとに、仮に返済期間5年・金利の影響を無視した単純計算(年600万円×5年)で試算すると、目安は3,000万円になります。一方、金融機関に相談したところ、提示された融資可能額は2,800万円でした。この場合、低い方の2,800万円が実質的な借入上限になります。実際の借入可能額は金利・返済期間によって変わるため、ここでの計算はあくまで考え方を示す簡略化です。具体的な試算は金融機関や専門家に確認してください。
「銀行が貸せると言っている額まで借りた方が得ではないか」という考え方もあります。ただし、「貸せる」は金融機関側の審査基準での判断であり、評価の目的や前提が「返しても安全か」というこちらの基準とは異なるため、両者が一致するとは限りません。 Step1で見積もった以上に、具体的な使いみちのない金額を借りても、その分の金利負担が生じるだけです。もし金融機関から、想定より多く借りられるという話が出た場合は、それをそのまま受け取るのではなく、「その分を何に使うか」という投資計画を具体的に見直した上で、担当者と改めてすり合わせることをおすすめします。使いみちが具体化した場合は、その資金使途・返済原資までStep3に織り込んだ上で、Step3・Step4を計算し直してください。
- 既に自分の事務所を経営している場合、借入主体や返済原資を中心に、既存事業や代表者本人の財務状況も確認されることがあります。相談時には、既存事務所の決算書・試算表・既存の借入状況なども提示できるようにしておくと、話が具体化しやすくなります
- 代表者保証や担保の有無、返済条件が、買い手個人や既存事務所の財務の安全性にどう影響するかも、同時に確認しておきたい点です
- 公的な融資制度としては、日本政策金融公庫の事業承継・集約・活性化支援資金があります。譲る側だけでなく買い手も対象に含まれており、対象条件と限度額は税理士事務所の買収資金に、日本政策金融公庫の融資は使えるかで扱っています
Step5:必要な自己資金と、用意できる自己資金を突き合わせる
総所要資金(Step1)から、借入で賄える額(Step4)を差し引いた金額が、必要になる自己資金です。これを、Step2で計算した「投入可能自己資金」と比べます。
- 必要な自己資金が、投入可能自己資金の範囲に収まる場合:その金額を自己資金として投入します
- 必要な自己資金が、投入可能自己資金を超える場合:単純に足りない分を無理に用意するのではなく、買収価格や支払条件(分割払い等)そのものを見直します。借入額は既にStep3・Step4で返済可能な範囲として決めているため、単純に借入を増やして不足を埋めることはできません。 売主への分割払いを選ぶ場合も、その支払いを新たな返済義務としてStep3のキャッシュフローに含めた上で、Step3・Step4を再計算してください
例:総所要資金4,000万円(Step1)から、借入で賄える2,800万円(Step4)を差し引くと、必要な自己資金は1,200万円になります。一方、Step2で計算した投入可能自己資金は600万円でした。1,200万円 > 600万円なので、600万円分が不足しています。 この場合、無理に不足分を用意しようとするのではなく、買収価格の交渉や、売主への分割払いへの変更などを検討します。
この順番で計算すると、「比率を先に決めて、その中でやりくりする」のではなく、「必要な資金と、投入可能自己資金・返済できる範囲から、結果として比率が決まる」という形になります。
まとめ
- 自己資金と借入の比率は、先に決める数字ではなく、Step1〜5を経て結果的に決まるもの
- 総所要資金は買収価格だけでなく、周辺費用・運転資金まで含めて計算する
- 返済余力は、税金や既存借入の返済等を差し引いた、実際に返済に回せるキャッシュフローで判定し、顧問先・職員の離脱も織り込んで確認する
- 必要な自己資金が、投入可能自己資金を超える場合は、無理に埋めず、価格や調達条件そのものを見直す
- 買収資金には、日本政策金融公庫の事業承継・集約・活性化支援資金を使える場合がある。対象条件と限度額は税理士事務所の買収資金に、日本政策金融公庫の融資は使えるかで扱っている
監修
税理士事務所承継ラボ編集部(公認会計士・税理士)