最終更新日:2026-09-14

顧問先から離脱の兆候が出たとき、買い手はどこまで引き止めるべき?

挨拶回りや初回の面談を終えたあとも、統合後の数か月間は、顧問先が新しい体制に馴染めるかどうかを見極めている時期が続きます。この間に、解約や他事務所への切り替えを検討している様子がうかがえることがあります。この記事は、そうした離脱の兆候にどう向き合うかを整理するものです。

兆候は、明確な意思表示だけとは限らない

「解約したい」という言葉が出る前に、次のような間接的なサインとして現れることもあります。

  • 連絡への反応が以前より遅い、あるいは減っている
  • 質問や相談の頻度が急に少なくなった
  • 資料の提出が滞りがちになった
  • 他の事務所に相談している様子がうかがえる

ただし、これらのサインは単独では離脱の兆候と決めつけられません。顧問先自身の繁忙、担当者の変更、単なる連絡手段のミスマッチなど、離脱と無関係な理由で同じ様子が見られることもあります。一つのサインだけで判断せず、従来との変化や複数のサインを踏まえたうえで、まずは顧問先本人に率直に事情を確認することをおすすめします。事務所側の不手際(対応の遅れ、説明不足等)が背景にないかを、先に自事務所側で確認しておくことも欠かせません。

事務所側で解消できる要因が背景にある場合、気づくのが早いほど対応の余地を持ちやすくなります。担当者だけの気づきに頼らず、事務所として定期的に顧問先の状況(応答状況、未提出資料、担当変更の希望等)を確認し、記録しておく仕組みを持っておくことをおすすめします。

すべての兆候に、同じ熱量で対応すべきではない

離脱の兆候が見えたとき、反射的に「全力で引き止めなければ」と考えがちですが、限られた時間の中で、どこに力を割くかを判断する必要があります。

判断材料になる視点としては、次のようなものが挙げられます(いずれも一つの軸に過ぎず、複数を組み合わせて判断するものです)。

  • 採算性:売上規模だけでなく、実際にかかっている対応工数を踏まえた採算
  • 業務継続への影響:進行中の税務調査や、申告期限が迫っている案件の有無
  • 離脱理由が構造的かどうか:他の顧問先にも共通して起こり得る問題(対応の遅さ、説明の不一致等)か、その顧問先固有の事情か
  • 自事務所が今後も適切な品質で対応できるか:引き止めた結果、対応しきれない業務範囲・水準を約束することにならないか
  • 他の顧問先やスタッフへの影響:特定の顧問先への特別対応が、他の顧問先との公平性やスタッフの負荷にどう影響するか

離脱の許容度をあらかじめ試算しておく考え方(解約率がどの水準までなら許容できるか、事務所全体の売上・粗利への影響等)は、こちらの記事で扱っています。

引き止めると判断した場合、何をするか

引き止める価値があると判断した場合も、闇雲に説得するのではなく、次のような流れで進めることをおすすめします。

  1. 自事務所側の事実確認:応答の遅れ、対応品質、説明内容の一貫性など、自事務所側に改善できる点がないかを先に確認する
  2. 顧問先本人への聴取:防御的な姿勢にならず、率直に理由を尋ねる。特に対応の遅さや担当者との相性など、答えにくい理由の場合、普段やり取りしている窓口(担当者)がそのまま聴取すると、本音を話してもらいにくいことがあります。可能であれば、責任者や別の担当者など、普段の窓口とは異なる立場の人が聴取する方が、率直な理由を引き出しやすくなります
  3. 原因の整理と対応案の検討:理由の性質に応じて、以下のような対応を検討する
  4. 継続か終了かの判断:対応を尽くしたうえで、無理に引き止めるべきかどうかを判断する

理由の性質によって、対応の方向性も変わります。

  • 価格が理由の場合:顧問料改定の記事で扱った、便益起点での説明を改めて行うことが選択肢になります。ただし、値引きで一時的に引き止めても、他の顧問先との公平性や、事務所全体の料金体系への影響を考慮する必要があります
  • 対応の遅さ・品質、説明内容の不一致が理由の場合:担当者を変更する、責任者が直接面談する、未回答の事項を解消するなど、まず自事務所側の対応を改善することが先決です。顧問先からの想定質問への回答例で扱った、答えられない質問への向き合い方も関係します
  • 担当者との関係構築がうまくいっていない場合:買い手自身が信頼を積み上げる取り組み(属人的な信頼の引き継ぎ方で扱っています)を優先しつつ、必要に応じて前所長の協力を借りることも選択肢の一つです。ただし、引継ぎ期間に売り手が行う業務で触れられている通り、前所長が担えるのは事情の説明や面談への同席といった協力にとどまり、契約を継続させるという結果そのものを保証するものではありません。前所長と情報を共有する場合も、税理士法上の守秘義務を踏まえ、顧問先の同意が前提になる範囲を超えないようにしてください
  • 事務所の対応とは関係のない事情(廃業、後継者による切り替え等)の場合:引き止めの余地がそもそも小さいことを見極め、労力の配分を早めに切り替えることも選択肢になります

複数の理由が重なっているケースも珍しくないため、一つの理由に決めつけず、状況に応じて組み合わせて対応してください。

引き止めない、という判断も選択肢

すべての離脱を防ぐことを目標にする必要はありません。無理な引き止めは、かえって顧問先との関係を悪化させたり、事務所全体の評判に影響したりするリスクがあります。特に、顧問先が求めるサービスと自事務所が継続的に提供できる体制が一致しないケースを無理に維持しようとすると、対応に割く労力が他の顧問先への対応を圧迫することもあります。

引き止めるかどうかの判断に迷う場合は、一人で抱え込まず、前所長や事務所内の他のメンバーとも(守秘義務の範囲内で)状況を共有し、複数の視点から検討することをおすすめします。

終了する場合に、確認しておきたいこと

引き止めない、あるいは結果的に契約終了に至った場合も、実務は続きます。契約終了日と料金の精算、預かっている資料の返還、進行中の案件や期限が迫っている届出の整理、顧問先の同意を得たうえでの後任事務所への引継ぎ、システムやデータへのアクセス権限の整理などを、漏れなく確認しておいてください。

まとめ

  • 離脱の兆候は単独では判断材料になりにくい。複数のサインと顧問先本人への確認、自事務所側の事実確認を組み合わせて見極める
  • すべての兆候に同じ熱量で対応する必要はない。採算性、業務継続への影響、理由が構造的かどうか、他の顧問先・スタッフへの影響を踏まえて判断する
  • 引き止める場合は、自事務所側の事実確認→聴取→原因整理→対応、という流れで進める。理由の性質に応じて、便益起点の説明、自事務所側の対応改善、信頼構築、前所長への協力依頼(結果は保証されない)などを組み合わせる
  • すべての離脱を防ぐ必要はない。無理な引き止めがかえって関係を損なうこともある
  • 契約終了に至る場合は、精算・資料返還・進行中案件の整理・後任への引継ぎ・アクセス権限の整理を漏れなく行う

監修

税理士事務所承継ラボ編集部(公認会計士・税理士)