最終更新日:2026-09-14

秘密保持契約(NDA)はひな形にサインするだけでいいか?顧問先の情報を渡すなら足しておきたい2つの定め

秘密保持契約(NDA)は、交渉の入口で結ぶ書面です。中身を交渉して作り込むものではなく、出てきたひな形にそのままサインして次に進むのが実務でしょう。中小企業庁も中小M&Aガイドラインの参考資料として秘密保持契約書サンプルを配っていて、全5条しかありません。

この記事は、この中小M&Aガイドラインのサンプルをベースに秘密保持契約を用意する場合を対象に、税理士事務所のM&Aで足しておきたい2つの定めをまとめたものです。

出番があるのは、顧問先が個人として特定できる情報を渡す段階に入ってからです。M&Aの流れで見たとおり、初期は事務所名も伏せた概要から始まり、名前を開示するのは候補を絞った後です。やり取りが業種構成や売上の集計値にとどまるうちは、以下の話は出てきません(段階的に開示を広げる進め方そのものは、買い手候補の資金力・本気度をどう見極めるかで扱っています)。

ひな形にサインして進めること自体は、変える必要がありません。ただ、この書面が一箇所だけ、形式以上の働きをしています。顧問先の情報を本人の同意なしに渡せるという整理は、契約を結んでいることを条件にしています。交渉の段階で当事者間にある契約は、NDAです。

同意なしに渡せるという整理は、契約があることを条件にしている

個人情報保護法第27条第5項第2号は、「合併その他の事由による事業の承継に伴って個人データが提供される場合」について、提供を受ける者は第三者に該当しないものとする、と定めています。第三者に該当しないので、同条第1項の本人の同意は不要になります。

問題は、この規定が承継が決まった後の話なのか、交渉段階も含むのかです。個人情報保護委員会のガイドライン(通則編)3-6-3(2)に、そのまま書かれています。

また、事業の承継のための契約を締結するより前の交渉段階で、相手会社から自社の調査を受け、自社の個人データを相手会社へ提供する場合も、本号に該当し、あらかじめ本人の同意を得ることなく又は第三者提供におけるオプトアウト手続を行うことなく、個人データを提供することができるが、当該データの利用目的及び取扱方法、漏えい等が発生した場合の措置、事業承継の交渉が不調となった場合の措置等、相手会社に安全管理措置を遵守させるために必要な契約を締結しなければならない。

読みどころは後半です。同意なしで提供できるが、相手方に安全管理措置を遵守させる契約を締結しなければならない、と条件が付いています。

同意を不要にしているのは第27条第5項第2号のほうです。ただし交渉段階での提供については、そこに契約を締結するという条件が乗っています。ガイドラインはその契約を名前で指定していませんが、この段階で当事者間にある書面はNDAです。つまりNDAは、開示した後の後始末を決めるだけの紙ではありません。

公的サンプルでは、漏えいしても通知は来ず、情報は請求しないと戻らない

ガイドラインが挙げている3項目と、サンプルの条項を突き合わせると次のようになります。

ガイドラインが挙げる項目サンプルの対応する条項
データの利用目的及び取扱方法第1条第1項に目的外使用の禁止がある。取扱方法についての定めはない
漏えい等が発生した場合の措置見当たらない。第2条は損害賠償のみで、相手方への通知を求めていない
事業承継の交渉が不調となった場合の措置第1条第3項に返還の定めがあるが、「相手方から返還請求があれば」返還する形。消去についての定めはない

これはサンプルの不備ではありません。ガイドラインの列挙は「等」が付いた例示であり、この3項目を漏れなく書かなければ違法になる、という性質のものではありません。サンプルの側も、冒頭に「あくまでも例であり、具体的な契約書等の作成に際しては、弁護士等の専門家に相談することが望ましい」と書いたうえで、条項ごとに選択肢を注記しています。直して使うことが前提の資料です。

足すのは、漏えい時の通知と、交渉が不調に終わったときの消去

具体的には2つです。いずれも情報を受け取る側の義務を足すもので、対価や取引条件に関わる内容ではありません。

1つ目は、漏えい等が起きたときに相手方へ速やかに通知する義務です。サンプルにあるのは損害賠償の条項だけで、これは事後に金銭で解決する定めです。売り手側は、自分の顧問先の情報が漏れたことを知らないまま時間が過ぎる状態になり得ます。顧問先への説明が必要になる場面で、知るのが遅れることの影響は金銭賠償とは別のものです。

2つ目は、交渉が不調に終わった場合に、返還請求を待たずに返還または消去する定めです。サンプルの建て付けでは、請求しなければ相手方に残ります。破談した相手は同業の税理士で、こちらの顧問先の構成を見ています。返還請求を出し忘れたという理由でその状態が続くのは避けたいところです。

一部譲渡で、検討の途中で対象から外れた顧問先についても同じ問題が起きます。この点は譲渡対象をどう選ぶかでも触れています。

ここまでは、何を定めるかという話です。実際の文言をどう書くかは、弁護士等のアドバイスを受けてください。通知の期限を切るか、消去の報告まで求めるかといった詰め方で、相手方が負う義務の重さは変わってきます。

顧問弁護士への相談と検討の秘匿は、サンプルで手当て済み

逆に、心配しなくてよいことも書いておきます。NDAを結ぶと身動きが取れなくなるのではないか、という不安は、サンプルを読む限り当たりません。

  • 自分のアドバイザーへの相談:第1条第2項第1号が、弁護士・公認会計士・税理士・司法書士・フィナンシャルアドバイザーへの開示を、必要な範囲で認めています。同等の秘密保持義務を負う者に限る、という条件付きです
  • 検討していること自体の秘匿:第1条第1項は、開示を受けた情報だけでなく、契約の締結の事実、契約の存在と内容、交渉の経緯と内容も秘密情報に含めています。狭い業界で気にかかる「検討しているらしい」という情報は、既に対象に入っています
  • 個人保証についての金融機関への相談:第1条第2項第3号が、取引の成立前の相談を含めて認めています

まとめ

  • 顧問先の個人データを本人の同意なしに渡せる根拠は、個人情報保護法第27条第5項第2号(事業の承継に伴う提供。提供先は第三者に該当しない)
  • ガイドライン(通則編)3-6-3(2)は、契約締結前の交渉段階での提供も同号に含めたうえで、相手方に安全管理措置を遵守させる契約の締結を条件にしている。交渉段階でその契約に当たるのがNDA。ひな形にサインして進んでよいが、中身がこの条件を満たしているかは別の話になる
  • 中小企業庁の公的サンプルには、漏えい時の通知義務がなく、交渉不調時の措置も返還請求があった場合の返還にとどまる。ガイドラインの列挙は例示なので、サンプルが不備という意味ではない
  • 足すのは、①漏えい時に速やかに通知する義務、②交渉が不調に終わったら請求を待たずに返還または消去する定め、の2つ
  • 顧問弁護士等への相談、検討の事実の秘匿、個人保証の相談は、公的サンプルで既に手当てされている

引用した条文とガイドライン、サンプルの条項は、いずれも公表資料で確認したものです。ガイドラインが求める契約が交渉段階のNDAに当たるという読み方と、足す2点の絞り込みは、そこからの自分の整理です。ガイドラインはその契約を名前で指定しておらず、必要な条項を列挙しているわけでもありません。税理士法上の守秘義務との関係を含め、条項を設計する段階では弁護士に相談してください。

監修

税理士事務所承継ラボ編集部(公認会計士・税理士)