最終更新日:2026-09-14
譲り受けた事務所の給与水準、どう揃えるか?格差是正のタイミングと不利益変更の壁
事務所統合の方針をどう決めるかでも触れた通り、統合方針が固まると、次に検討することになるのがスタッフの給与水準です。自社(買い手)と譲り受ける事務所とでは、給与テーブルの作り方も、水準そのものも異なるのが普通です。この記事は、その差にどう向き合うか、経営判断のレベルで論点を整理するものです。
この記事は経営判断としての論点整理にとどめ、具体的な給与テーブルの設計や賃金規程の改定手続きには踏み込みません。実際の制度設計は、社会保険労務士等の専門家と連携して進めてください。
前提:給与水準は、一方的に揃えられるものではない
「買い手の給与テーブルに揃える」という結論を先に決めて、それを一方的に適用することはできません。給与は労働条件の中でも特に重要な要素であり、変更には労使の合意が原則です(労働契約法第9条)。合意が難しい場合に就業規則の変更で対応するとしても、変更の必要性・従業員が被る不利益の程度・変更後の内容の相当性・労働組合等との交渉状況といった要素から合理性が認められ、かつ適切に周知されていることが求められます(同法第10条)。
とりわけ引き下げ方向の調整は、合意を得るハードルが高いと考えておいた方が安全です。雇用形態の見直しでも触れた通り、業務内容の変化だけを理由に労働条件を一方的に変更できるわけではない、という原則はここでも同じです。
給与水準の差は、デューデリジェンス段階で把握できる
譲り受ける事務所の給与テーブル・賞与実績・手当の構成を確認し、自社の水準と突き合わせておくことで、クロージング後に慌てて対応を検討する事態を避けられます。
このとき、基本給だけを比較しないことが重要です。賞与、各種手当(資格手当・役職手当・通勤手当等)、退職金制度、福利厚生まで含めたトータルの人件費・処遇水準で比較しないと、実際の格差を見誤ります。基本給だけを揃えても、賞与の算定方法や退職金制度が異なれば、実質的な処遇は依然として食い違ったままになります。
格差が生じたときの2つのパターン
買い手の水準の方が高い場合
このケースでは、譲り受けた事務所のスタッフの給与を引き上げる方向の調整になるため、法的なハードルは比較的低くなります。ただし、検討すべき論点がないわけではありません。
- 原資の確保:買収時の事業計画に、給与引き上げの原資が織り込まれているか
- 引き上げの範囲:全員一律に引き上げるのか、等級・役割に応じて差をつけるのか
- 既存スタッフとの公平性:買い手側の既存スタッフから見て、譲り受けた事務所のスタッフだけが優遇されているように映らないか
買い手の水準の方が低い場合
このケースは、前提で述べた通り不利益変更の論点が正面から関わってきます。引き下げを性急に進めようとすると、合意形成に失敗し、キーパーソンの離職や労使トラブルにつながりかねません。実務上検討されることが多いのは、次のような選択肢です。
- 現給保障(経過措置):一定期間、旧水準の給与を保障し、その間に新しい制度への移行や合意形成を進める
- 段階的な移行:一度に引き下げるのではなく、数年かけて緩やかに調整する
- 引き下げない:給与水準の統一そのものを見送り、統合方針がスタンドアロン維持型であれば、給与体系も維持したままにする
どの選択肢を取るにせよ、対象スタッフへの説明と合意形成のプロセスを丁寧に設計する必要があります。顧問先からの想定質問に対する対応と同様、スタッフへの説明も、面談の場でその都度判断するのではなく、事前に回答方針を固めておくことをおすすめします。
調整のタイミングをどう設計するか
給与水準の調整は、クロージング直後に一括で通知するのではなく、段階を踏んで進めるケースが一般的です。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| クロージング前 | 格差の実態把握、調整方針(引き上げ/引き下げ/据え置き)の決定、原資・経過措置の検討 |
| 初期対応(クロージング直後) | 対象スタッフへの個別説明。決まっていない部分は「未定」と正直に伝える |
| 定着期 | 合意が得られた範囲から、実際の制度移行を開始。経過措置がある場合はその適用期間を管理 |
新規採用者との公平性も、あわせて検討する
既存スタッフの水準を維持したまま、統合後の新規採用者だけ別の(多くの場合、買い手側の)テーブルで採用すると、同じ事務所の中に複数の給与体系が並存することになり、後から「なぜ自分たちだけ違う体系なのか」という不満につながることがあります。
制度設計は、専門家と連携する
給与テーブルの具体的な設計、賃金規程の改定、経過措置の制度化には、就業規則の変更手続き、労使協議、社会保険・税務上の取り扱いの確認など、専門的な知識が必要な論点が伴います。この記事で扱ったのは、あくまで「どの方向性で検討するか」という経営判断の整理までです。具体的な制度設計は、社会保険労務士等の専門家と連携して進めてください。
まとめ
- 給与水準は労働条件の中核であり、買い手の水準に一方的に揃えることはできない。変更には合意(労契法9条)か、合理性と周知を伴う就業規則変更(同法10条)が必要
- 比較は基本給だけでなく、賞与・手当・退職金・福利厚生を含めたトータルの処遇水準で行う
- 買い手の水準の方が高い場合は原資・範囲・公平性を、低い場合は現給保障や段階的移行などの選択肢を検討する
- 調整はクロージング前の方針決定→初期対応での個別説明→定着期の制度移行、という段階を踏んで進める
- 既存スタッフの処遇だけでなく、新規採用者との給与テーブルの整合性もあわせて検討する
- 具体的な制度設計は、この記事の範囲外。社会保険労務士等の専門家と連携して進める
監修
税理士事務所承継ラボ編集部(公認会計士・税理士)