最終更新日:2026-09-14

統合後のスタッフに試用期間は設けられるか?スキームによって異なる法的な扱い

譲り受けた事務所のスタッフとは、契約成立までの短いデューデリジェンス期間だけでは、実際に一緒に働いてみないと分からないことが多くあります。「まずは試用期間を設けて、様子を見てから正式に迎えたい」と考える買い手は少なくありません。ただし、試用期間を設けられるかどうかは、事務所を譲り受ける取引のスキームによって法的な扱いが大きく異なります。この記事では、その整理を行います。

この記事は経営判断としての論点整理にとどめ、具体的な雇用契約書・就業規則の設計には踏み込みません。実際の制度設計は、社会保険労務士等の専門家と連携して進めてください。

試用期間の法的な位置づけ

本題に入る前に、試用期間そのものの法的性質を確認しておきます。最高裁判例(三菱樹脂事件・最高裁昭和48年12月12日判決)は、試用期間中の労働契約を「解約権留保付労働契約」と位置づけています。つまり、試用期間中もすでに労働契約は成立しており、使用者には、採用時には知り得なかった事情が判明した場合に限って契約を解約できる権利が留保されている、という整理です。本採用の拒否(解約権の行使)は通常の解雇より広い範囲で認められるとされていますが、無制限に認められるわけではなく、解約権留保の趣旨・目的に照らして客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と認められる場合に限られます。

この前提を踏まえると、「試用期間を設ける」という行為は、単なる社内運用の問題ではなく、労働契約の内容そのものに関わる論点だとわかります。だからこそ、どのスキームで事務所を譲り受けるかによって、扱いが変わってきます。

スキーム別の整理

合併の場合:新たな試用期間を設ける余地は基本的にない

合併は、消滅する法人の権利義務のすべてが存続法人に包括的に承継される取引です。譲り受けた事務所のスタッフの雇用契約も、内容を変更されることなく、そのまま存続します。すでに有効に成立し継続している労働契約に対して、合併後にあらためて試用期間(解約権留保)を設定する法的な根拠は基本的にありません。一方的に試用期間を新設しようとすれば、労働条件の不利益変更の問題として扱われる可能性が高くなります。

事業譲渡の場合:形式的には設定の余地があるが、慎重な検討が必要

事業譲渡では、雇用契約は自動的には承継されません。使用者は労働者の承諾を得なければその権利を第三者に譲り渡すことができない、とする民法第625条第1項が根拠となり、スタッフを引き継ぐには、本人の個別の同意を得て転籍という形を取るのが一般的です。ただし、転籍の法的な構成は一様ではありません。同条を根拠に、従来の雇用契約上の使用者としての地位そのものを買い手に譲渡する(契約の同一性を保ったまま移転する)構成もあれば、いったん退職したうえで買い手と新たに雇用契約を結び直す構成も実務上あり得ます。試用期間を新たに設定できる余地があるとすれば、後者(新たな契約を結ぶ構成)を取った場合です。前者(地位の移転)であれば、既存の契約内容がそのまま引き継がれるため、合併の場合と同様、一方的な試用期間の新設は不利益変更の問題として扱われやすくなります。どちらの構成を取るかは、転籍にあたっての合意内容そのものであり、事前に明確にしておく必要があります。

ただし、実質的には同じ業務を、同じ顧問先を相手に、継続して担当するスタッフに対して試用期間を設けることは、本人にとって「今までと同じ仕事をしているのに、なぜ改めて試されるのか」という心理的な抵抗を招きやすいという事情があります。転籍への同意そのものが得にくくなるリスクも考えられるため、設定するかどうか、設定するとして期間や評価基準をどうするかは、慎重に検討する必要があります。

持分譲渡・社員交代(税理士法人)の場合:雇用主が変わらないため、そもそも論点にならない

税理士法人は持分会社に類似した形態を取り、事業会社のような「株式」は存在せず、社員(パートナー税理士)の「持分」の譲渡・社員交代という形でオーナーシップが移転します。この場合も、雇用契約の主体である法人格そのものは変わりません。スタッフから見れば、雇用主は従来と同じ法人のままであり、試用期間を新たに設定する余地はそもそも生じません。

なお、個人開業の税理士事務所は、そもそも「持分」に相当する譲渡対象を持たない(法人格がなく、事業主個人がそのまま事業を営んでいる)ため、この形態は成立しません。個人事務所を譲り受ける場合は、事業譲渡(または前所長の廃業・買い手の新規開業に伴う個別の雇用契約締結)という形を取ることになります。

スキーム別の整理(一覧)

スキーム雇用契約の扱い試用期間を新設する余地
合併包括承継。契約内容は変更されずそのまま存続基本的になし
事業譲渡(地位の移転)契約の同一性を保ったまま使用者の地位が移転合併と同様、基本的になし
事業譲渡(新規契約)いったん退職し、買い手と新たに契約を結ぶ形式的にはあるが、慎重な検討が必要
持分譲渡・社員交代(税理士法人)雇用主(法人格)が変わらないそもそも論点にならない

それでも「様子を見る期間」を設けたい場合

試用期間としての法的な解約権留保を設定するのが難しい、あるいは避けたいケースでも、統合直後の一定期間を「オリエンテーション期間」「評価期間」のような形で位置づけ、業務内容の引き継ぎ状況や、カルチャーフィットの見極めに充てるという設計は考えられます。ただし、これは解約権留保を伴う試用期間とは法的に別物であり、名称を変えただけで実質的に試用期間と同じ運用をすれば、同様の問題が生じかねません。制度として設計する場合は、専門家に相談したうえで進めてください。

制度設計は、専門家と連携する

雇用契約書の文言、試用期間や評価期間の要否・設計、転籍同意の取得手続きには、取引のスキームや個別の労働契約の状況に応じた専門的な判断が必要です。この記事で扱ったのは、あくまで「どの方向性で検討するか」という経営判断の整理までです。具体的な制度設計は、社会保険労務士等の専門家と連携して進めてください。

まとめ

  • 試用期間中の労働契約は判例上「解約権留保付労働契約」とされ、本採用拒否(解約権の行使)は、解約権留保の趣旨・目的に照らして客観的に合理的で社会通念上相当と認められる場合に限られる。通常の解雇より広く認められるが無制限ではない
  • 合併は包括承継のため、既存の雇用契約に新たな試用期間を設定する法的余地は基本的にない
  • 事業譲渡での転籍は、契約の同一性を保ったまま使用者の地位が移転する構成と、いったん退職して新たに契約を結び直す構成があり得る。試用期間を設定できる余地があるのは後者の場合で、どちらの構成を取るかは転籍の合意内容そのものとして事前に確認しておく必要がある
  • 税理士法人の持分譲渡・社員交代は雇用主(法人格)が変わらないため、試用期間はそもそも論点にならない。個人事務所にはこの形態自体が存在しない
  • 法的な試用期間の設定が難しい場合でも、名称を変えただけの実質的な試用期間運用は同様の問題を招く。制度として設計する場合は専門家に相談する

監修

税理士事務所承継ラボ編集部(公認会計士・税理士)